持ち玉比率

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持ち玉比率

前回までのあらすじ  夏海と再会して、デートの約束をしたサトシ。商店街をぶらぶらしていると、夏海が大皿を二枚買う。それには、夏海のある思惑が。  今日はいつもの店の玄関前にカズの姿がない。電車でも乗り間違えたのかと、気にもしなかったが、音楽が鳴り始め皆が一斉に入っていく。カズは結局遅刻である。珍しい事もあるもんだなと思いながら急所のいい台が開け返されているのを見つけ、煙草で台をおさえ両替機に向かう。千円札に崩しながら、カズを待っていても、表れる気配がない。一応回りそうな台をライターでとっておく。すぐ来ると思ったからだ。  10分ほどするとアナウンスが流れる。「お客さまに申し上げます。海物語の○○番のお客さま、海物語の○○番のお客さま、お時間が来ております。速やかに台にお戻り下さいませ。お戻りになられない場合は空き台と見なし、係員が整理いたしますので、あらかじめご容赦願います」  サトシは仕方なくライターを取り上げ、ポケットにしまう。ただの遅刻じゃ無いようだ。少し気にしたが、単なる気まぐれだろうと納得し、自分の勝負に集中する。  7回でいきなり確変だ。今日はツキがある。1000円で来た。5連チャンで時短が始まる。時短が終わる95回でまた単発で当たる。玉はそれほど削られてない。ラウンドを消化して玉抜きが終わると突然サムが現れた!確変大当たりである。ツキについている。6連チャンだ。  しかしそこまでのようだった。回転数は500回をオーバーし、ウンともスンとも言わなくなった。  サトシが最初、カズのために取っておいた台も、もう人が座って出している。25回転は回りそうな台だったのに惜しい。  2時になった。朝ごはんを食べてないので猛烈に腹が減っている。店員を呼び休憩にしてもらった。  と、そこへカズの登場だ。カズの方も驚いている。まず、飯を食いに行きませんかと誘うと同意した。  いつも昼飯を食う食堂に入って焼きうどんを頼む。珍しく醤油味の焼きうどんだが、これがまた旨い。二人ともがっつき始める。 「今日は珍しく遅刻ですね、どうしたんですのん?」 「いや昨日突然、絵の構想が浮かんだんだよ。それを下書きしているとな、もう夜中の3時だよ。そこで寝たんだが、興奮状態が続いて5時まで寝付け無かったんだよ。今日は休もうかとも思ったんだがな。午後6時までは打とうと思い、出勤さ」 「絵なんか描きますのん?カズさんがそんな趣味を持ってたなんて驚きですけど」 「まあな。趣味のひとつだよ。突然構想が湧くんだ」  カズが、遅刻すると何が不利になるか話始める。サトシはノートを用意する。 「お前さん、持ち玉比率って知ってるか?」 「ああ、パチンコ雑誌なんかでよく出てくる用語でしょ」 「そうだ。遅刻して何が不利になるのかは持ち玉で打つ比率が大幅に下がってしまう事にあるんだ。朝10時から始めるのと、昼2時から始めるのでは現金投資の時間は同じで昼からだと、持ち玉で打つ時間が短くなる。もちろんすぐに当たってくれたらさほど持ち玉比率は大して変わらない。 しかしそんなに都合の良い展開ばかりじゃない。現金投資の時間は同じだ。これが勝負の分かれ目になることが多い。だから昼12時を過ぎるとパチプロはその日は休みにすることが多いんだよ」 「今一つ分かりませんが、持ち玉比率が少ないと3円で打ち込む時間が減ると考えればいいんでしょうか」 「その通りだよ。4円賭けと3円賭けの比率の問題だ。お前さん、今日はいくらで来た?」 「1000円です。7回転でしたよ」 「そこから飲まれてないのかい?」「しこたま出てます」 「じゃあ、持ち玉比率はほぼ100%だな、ずっと3円賭けになる訳だ。その出た玉が、ハマリ続けると、内容のいい勝負をしている事になる。」 カズがうどんを食べ終わった。 「現金投資をしている間は25回転程度なら期待金額はほとんど発生していない。そこら辺りが現金投資のボーダーラインだからだ。しかし持ち玉になったとたんに17回転程度が無制限のボーダーラインになり、25回転なら8ポイントも上回っていることになる。これで期待金額が一気に大きくなり、持ち玉時給が3000円ほどになる。それで俺達は飯を食っているのさ。少し難しい話しだったか?」「持ち玉時給ってなんですか?」 「持ち玉で突っ込んでいるときの計算上の時給の事だよ。分からない事があったらまた聞けばいい」「ちょっと手一杯ですね。でも何度も読むと理解出来ると思います」  サトシはノートを見ながら言った。  カズがミドルの台を探し始める。そこそこで妥協しようと思ったのであろう。23~4の台しか取れなかったようだ。しかし己れを鼓舞し、打ち始める。しかし、台は沈黙を保っている。500回転を回したところでサトシの経過を見に来る。朝はあれほど調子が良かったのに、こちらも当たりが来ない様子だ。 「カズさんさっきの話しなんですけど」 「ん、絵の話かい」 「違いますよ。勝負の展開の話ですよ」  サトシが笑いながら続ける。 「今出してるこの玉が、全部飲まれたとしましょう。で、追加投資はもう6時過ぎなのでやらないとしますよね、それでも内容の良い勝負ですのん?」「そうだよ。持ち玉が全部持っていかれるのがベストだ。しかしこの考え方はプロによって様々でなー、期待金額通りに出たほうがいいと言うプロもいれば、後半も出しっぱなしがいいと言う奴もいる。しかし、あくまで個人的な意見だが、俺は飲まれっぱなしで終わるのが一番いいと思ってるんだ。答えは簡単、玉抜きの時間がなくなり、その分回せるだろう。1日の効率が非常によくなるはずなんだ」 「へー、プロによって考え方が違う事なんかがあるんですね」 「細かい事を言ったらきりがないぞ、例えば現金投資時のやめ時の問題。俺は午後6時と、時間によって判断しているが、2000回転回して投げ出す者も多い。そんな事関係なく夜10時まで回すつわものもいる。まあ、それぞれ流派みたいなものがあるんだろうよ」  カズはそれだけ言うと自分の席に戻っていった。  それからも二人とも来ない。ついに6時になった。カズが「じゃあな」と言って帰って行く。サトシの方はあと3箱しかない。全部飲まれるのが、現実味を帯びてくる。  夏海からメールである。今日は資料整理で、残業も無しだと言う事だった。よかった。珍しい事もあるもんだ。しかし総務課という所はまったく面白くない部所のようだ。転属願いは出せないのだろうか。サトシは聞いてみると、 「落ちこぼれの私がそんな事出きるわけないでしょう!」と、少々キレ気味だ。 「でも、いつか必ずたち行かなくなるぞ」  サトシの言葉に「いつかね…」 と、返す夏海がいじらしい。「ゆっくり寝るんだよ」 とサトシは締めくくる。  残り1箱、サトシは勝負を投げ出す。どうにでもなれだ。どうせ投資額は1000円だ。  7時になった。あと少しでなくなる。と思えば魚群が流れる。当たれ当たれとサトシは念じる。しかしお流れだ。  結局持ち玉全部持って行かれた。だが投資は1000円だ。いい経験をしたと思えばいい。 6時は過ぎているのでサトシもそのまま帰ることにした。  しかしカズの趣味が絵を描くという事には驚いた。しかも夜中に構想が浮かんで真夜中の3時まで下書きするとは、相当好きなんだろう。人は見かけによらない。  どういう絵を描くのか興味が湧いてきた。裸婦の絵とかだったら何か嫌だなとは思う。  しかし、カズなら金をかけてモデルを呼んでねちねち描きそうだ。まあ、構想を練ってたというんだから、裸婦像というよりも抽象画に近い物だろうとは思うが。  いつかカズの部屋へ遊びにいきたいなと思う。私生活が全く見えてこない。今日の絵の話で、ますます興味が沸いてきた。 サトシはその日を楽しみに待つことにした。
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