あの頃のように

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あの頃のように

前のエピソード――珍しくカズが大きく遅刻をしている。訊けば昨日絵の構想が突然沸き上がり、真夜中まで構想を練っていたとの事。カズの趣味が絵を描く事だと知り意外に思うサトシ。  うっすら太陽が見え隠れしている。  休日は大概一週間溜まった洗濯に費やされる。  お気に入りの音楽をかけ、コーヒーを入れ、深夜までやっているスーパーで半額で買ったパンをトースターに入れ、かりかりになるまで焼く。コンロの上には目玉焼きが出来上がっている。それをパンの上に乗せ、ウスターソースをかけ、半分に折る。一口食ってコーヒーを流し込むと、至福のひとときに浸る。  シャツやパンツを3日分ずつ洗い、最期に一週間履いたジーンズを洗う。ここまでに3時間費やす。洗濯物は部屋干しする。少し部屋干し臭が付くが、仕方がない。昼になる。飯を食いに行かなくちゃならない。  サトシは休日も慣れた天神橋筋で飯を食べる事が多い。特に天満の回りは飲食街で溢れている。いつもの飲む所、中華定食が抜群に旨い所に昼飯に焼きうどんを食いに行く食堂。どこも慣れた場所だ。  焼きうどんの店に入り、今日は冒険をして野菜炒め定食をたのむ。  これも量があり、口に合っている。最近ビタミン不足のせいか、唇ががさがさになっているのだ。しかし、お値段の方が700円と、少しだけお高い。普段、5万、10万と、切ったはったをしていても、飯なんかの金銭感覚はあまり変わらない。不思議なもんだ。  飯を食い終わり、休日がいつもの店とかぶらない別の店を久しぶりに覗いてみる。  海なんかは相も変わらず閉めているようだ。へそがどうかなーっていう、台を見つけて座って見るとガチガチに閉めている!これか、カズの言っていた、パッと見開いているように見えて、椅子に座ると閉めているのに気づくという台調整法は。右の釘を斜め下に叩いている。 後学の為、打ってみることにする。千円22回転ほどだ。そこまでいうほど回していないわけではない。持ち玉で11時まで粘り倒してやっと1万円の台である。いよいよ打つ台が無くなると、しがみつかなきゃならないだろうが。  2000円で大当たりである。しかも確変だ。思いがけない大当たりに少したじろぐ。  5連チャンで終わり、時短を消化する。  やはり22回転ではインターバルがちょこちょこ見受けられ、手を出したいとは思わない。3箱飲まれた後、単発だ。これはもしかして大勝ちコースか?時短を処理しながら考える。大勝ちの時は普段回しはあまり関係がない。ほとんどの時間を玉抜きで費やすからである。つまり、ここで大勝ちすると、本当にラッキーなわけだ。  サトシはトイレに行き、スケジュールに投資金額を書き込み用を足し、いざ、決戦の席に座る。一箱飲まれてまた大当たり。確変だ。これがなんと12連チャンも伸びる。無欲の勝利である。そこからも5連チャン、4連チャンと箱が積み上がっていく。ドル箱タワーがカウンター前に積み上がっていく。 6時になった。夕食の時間だ。しかし勝負を続行する。右手で下皿の玉をすくい、箱に入れる。サトシのクセなのだが無意識にやっている。 200回で単発だ。今度は150回でハイビスカスだ。出た!サトシはガッツポーズをする。 これも伸びる。8連チャンだ。かかっているシーストーリーの歌を一緒に歌う。危ないおじさんだ。  ここから少しだけハマリ、300回確変だ。ツキについている。今度は80回で単発。50回でもう一度単発。この時点で8万円はあるだろうか。  午後8時だ。疲労感が全くないここで上がる事にする。明日の勝負に持ち越さないためだ。換金すると7万円の勝ちだった。7時間の勝負にしてはなかなかの結果である。  今日は思わぬところで収穫を上げた。全く期待していないシチュエーションで7万円も大勝ちをすると、かなり気分がいい。宝くじにでも当たったような感覚だ。  ちょうど終わったところで夏海からメールだ。今日は有給をとっているので会わないかという内容だ。サトシは二つ返事をし、いつもの店の前で待ち合わせをした。  しばらくすると夏海が走ってやって来た。おしゃれな服装をしている。「お待たせー!」 もう夜の8時半だ。まずはから揚げの旨い居酒屋に二人で入る。ビールで乾杯をすると夏海が昔を振り返ってしゃべり出す。 「それでね、祥子ちゃんがね……」  どうやら昼間は大学時代の友人と会っていたようだ。サトシの知らない名前がちょくちょく出てくる。まるで懐かしいキャンパスライフに戻りたいかのように。  ひととおりしゃべるとから揚げが出された。夢中でしゃぶりつく二人。「美味しいねー」 素直な感想を述べる夏海。 ビールはほどほどに、飯を頼んでいる。ここで夕食を済ませるようだ。サトシもそれに合わせていなり寿司を注文する。寿司を食うとなぜか懐かしい味がした。 「私ね、パチプロなんて本当はいなくて、パチンコが上手くなればなるほど稼げるようになるって宣伝しといて、素人が躍起になって金を継ぎ足していくための架空の存在だと思っていたわ。でも張本人が目の前にいる。なんか不思議な感じー」 「まあ、亡霊みたいな存在だからな」 「それでね、仲のいい同僚に言っちゃったの。今の彼氏はパチプロだって。すると予想外の反応が帰ってきたのよ」 「どんな?」 「パチプロなんて、あんた騙されてるわよって。ははは。真剣に心配してたわ」  サトシは苦みばしった笑みを浮かべる。パチプロの世間知なんてどうせそんなもんだ。「夏海は信じているの?俺の稼ぎなんか」 「信じるも何も、サトシくん嘘を言う人じゃないから。大学時代に付き合っている時から信じているわよ」  夏海はくるんと巻いているもみ上げを振りながら答える。なにやらほっとするサトシ。 「俺のお師匠さんなんか、もうこの稼業を十五年以上も続けているんだとさ。そこらのサラリーマンより、ずっと安定した仕事やと思うんやけどな」 「サトシくんもずっと続けるつもりなの?」 サトシは一瞬の間をおいて答える。 「とりあえず一千万円が節目やな。その先はまるで考えてへんわ」  乾いた笑いと共に正直に言った。 「なにか男子一生の仕事の構想があるわけでなし、今はその助走期間と考えてるんや。何事をするにしてもまずは銭が必要やしな。そっちこそどうなんや。毎日毎日下らん仕事でこき使われて、悔しいんやないんか?」 「そりゃそうだけど……あ、ずるい。すぐ人に話を振って逃げちゃうのも相変わらずね」 「そうやな、人間そんなに中身は変わらんで。たとえ稼ぎがよくなったとしても……な」  帰り道、アーケードの下を歩いてゆくと夏海が腕を取り、しなだれかかってくる。そして地下鉄の駅前で呟つぶやく。「今日は帰りたくない……」 全てを察したサトシは小さな声で呟き返す。「俺の部屋に行くか?」 「うん」  天神橋筋六丁目まで歩いてゆくとサトシが住んでいるアパートがある。二階に上がると鍵を出しドアを開けた。 夏海は慣れたもので中に入るとすぐにバスルームに行く。  サトシはその間に布団を敷き、シーツを洗ったものに代える。  夏海が二十分ほどでバスルームから出てきた。少しぺちゃぱいの胸を恥ずかしげに片手で隠しながら、布団に横になる。  サトシもカラスの行水のように全身をボディシャンプーで洗い、ついでに歯も磨き、臨戦態勢になる。  長いキスを交わす。こうした行為は三年間なかった。久しぶりのセックスにサトシは逸る。  胸にしゃぶりつくとあの頃を思い出す。大学に入って初めて彼女が出来て、この部屋に夏海を誘い結ばれた。夏海も早く処女を捨ててしまいたかったに違いない。お互いたどたどしく事を終えた。青春の1ページである。  窓から入ってくる明かりが夏海のスレンダーなボディを写し出す。サトシはゆっくりと夏海に覆い被さる。慣れた体だ。お互いあえぎ声が大きくなり、事を終えた。 「久しぶりやなぁ。良かったで」 サトシは灰皿をたぐり寄せながら感想を言う。 「もう、ばか。終わったらすぐに煙草を吸うのも変わんないね」  冷蔵庫に行き缶ビールを取り出す。 「夏海もいるか?」 「私はいいわ。明日も仕事だし」  夏海は服を着直して「じゃあまたね」と言い帰ってしまった。  サトシは一人で乾杯をする。  このせわしなくも退屈な人生のために。
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