パチンコ指南

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パチンコ指南

前回までのあらすじ 休日の勝負は楽勝だった。そこへ夏海から今から会おうとの誘いのメールが。約3年ぶりに結ばれるふたり。夏海は会社を辞めたくてSOSを出し始める。   サトシはいつものように、海シリーズのミドル―沖縄―を打っている。いきなりハイビスカスフラッシュが煌めくと確変大当たりをし、アドレナリンがこれでもかというほど 出てくる。 最初はダブルで終わった。玉で打ち込んでいくと横にまた、あのキレイな姉さんが座った。年は30前後か、金髪と茶髪を交互に染めて複雑なまだら模様になっている。 「おはよう」  挨拶をしてくるので、サトシも「おはよう」と挨拶を返す。 「今日はその台が来るの?」  人を超能力者のように言う。 「よく当たる台を『予想』して出してる訳じゃあないんだよ。よく回る台を見つけ出して持ち玉になったらその台でとことん粘る事。間違っても途中で止めない事。少なくとも夜8時まで粘る事、中途半端なところで換金すると勝ちきれない。これが一番大事な事なんだよ」 「そんな簡単な事なの?」  サトシは人にパチンコの勝ち方を教えるのは難しいと思っている。いくら大事な事でも保留3止めなんぞやりそうにない子だ。 「簡単だが、皆そうしないんだ。出した玉をすぐ換金する。それでみんなやられてしまう。ここはいい店だから、売りの海シリーズなら千円22回転を下回らない。だからどの台でも粘りきることで勝つことができる。当然毎日は勝てないよ。でも、粘る事によって勝率は断然良くなる。トータルでは勝てるようになるんだ。良く回っているならなおのこと。絶対その台を離れちゃいけない」  サトシは「コツ」を話してやった。 「なぜ粘れば勝てるの?」  来た…この質問が一番厄介だ。 「そりゃもうあれさ、それを説明しようとすれば本が一冊書けてしまうよ。そういうもんだと思考停止しなくちゃならない」  サトシの不可解な返答に、姉さんは笑った。「じゃあ、ここの台を粘って打っている限り少なくとも負けることは無くなる訳やね」  サトシは説明に今一自信がなかったが、そうやって自分も勝っている。その経験があれば十分であろう。 「そういうもんなんや」  サトシは自分にも言い聞かせる。  一万円ほど突っ込んだところだろうか、姉さんに確変大当たりだ。5連チャンで終わったが、こちらもひとまずホッとする。サトシの方も単発で当たる。くそ!っと煙草を灰皿でもみ消した。お互いスムースに、杯を重ねていく。 しかし、姉さんが午後イチからハマリに入ったようだ。こうなるとお手上げだとアドバイスする。ハマリはハマリ切らないと脱出できないと説明する。ハマリに嫌気がさして台を変えたくなっても持ち玉が無くなるまでは絶対に離れちゃいけない。サトシは持ち玉の重要性をくどくどと説明する。まるで一昔前のカズのように。  結果は800回ハマリである。持ち玉がほとんどなくなった。 「これじゃあ、負けちゃうわよ」  姉さんは勝負を投げたいらしい。 「そこを乗り越えると拓けて来るんだよ。とにかく粘るんだ。負けてもともと、玉が無くなるまで逃げちゃあいけない」  サトシの方は2万円近く勝っている。それを見た姉さんは、最後まで突っ込む覚悟ができたようだ。「あんたたちパチプロでしょう?いつも勝っているもんね」 「まあね、この店公認だよ」 「そんな制度があるの!?」 「ははっ、うそうそ。普通のパチプロだよ。毎日勝つのもきついもんなんだけれど、これをクリアしなけりゃ飯が食えないもんな」  姉さんにスーパーリーチだ。魚群も通り過ぎた。確変大当たりだ。伸びる。7連チャンして終わりである。 「追加投資にならなくてよかったわー。」 「パチンコの神様が当ててくれたんだよ」  姉さんが一進一退を繰り返している。5連チャンし、ようやく通路にドル箱タワーを積み上げる 。サトシもまた確変だ。しかしダブルで終わった。今日はツキがないらしい。  姉さんが単発を当てる。時短に入るとまたもやハイビスカスである。調子がいいようだ。店員が通路のタワーに持っていく。 「粘れば勝てるんやね!」  嬉しそうにしているので、もうサトシも何も言わずに笑っているだけだ。こちらは足下に3箱だけである。 「パチプロって月にどのくらい儲けるのん?」  ひそひそ声で聞いてくる。興味津々なのであろう。 「人によって違うよ。あと通う店とか。俺の場合は月5~60万円前後かな」  サトシは少しだけ話を盛る。こちらもなぜかひそひそ声になる。 「もちろん安定して、毎月それだけ勝ってるわけちゃうで。月30万円の事もあれば80万円を超す事もある。それを平均すればっちゅー話や」 「けっこう稼ぐもんなんやねー年収600万円か」  8時になった。姉さんはそこそこの玉を喜んで流す。サトシは付け足す。「いつもそんなに勝てる訳やないからな。深いハマリが来るとやっぱり負けてしまうで。それでも玉で打っている限り、やめたらあかんで」 「分かったわ。アドバイスありがとうね。私、スナックで働いているのよ。よかったら遊びに来てね」  名刺をくれた。みかと書いてある。やっぱりスナック勤めか。サトシは最初の勘が当たってご満悦である。しかし遊びに行く事はないであろう。10時半まで粘るからである。まあ、この店が休みの時に少し覗いてみようかと思い名刺を財布にしまった。  みかはだいたい週に二日来るようであった。サトシを見つけると、左隣に座る。ここのところ持ち玉で1日中粘っている事もあって、3連続負けなしという事だ。  みかは最初の取っ付きにくい印象はどこかに消えて、好きなアーティストの話などを気がるにしゃべっている。  サトシが質問する。 「みかさんは細かい事をやり続ける事は得意なの?」  返答によっては保留3止めを教えてあげようかと思ったのだ。「得意、得意。こう見えて手先は器用よ」 「じゃあ今日は保留3止めを教えてあげよう」 「保留…なにそれ?」 「4つの保留玉の表示があるだろう?ここが3つまで来たら玉を止める。ハンドルは固定して指を添えるだけにしておくと負担がかなり減るよ」 「どういう意味があるの?」 「無駄玉を出さないようにするんだよ。見たところリーチの時には手を放しているだろう。あれを四六時中繰り返すんだ。1日中やるのはきついかもしれないけど直ぐに慣れるよ。そうしてまた保留が2に戻ったら玉を出し始める。これを繰り返すと丸1日で5000円ほどの無駄玉を無くす事ができる。保留3で止めている状態で、盤面に残った玉がへそにひょこっと入るとなおさらラッキーだ。少しやってみせるから見ているといい」  サトシはそういうと自分の台でやってみせた。保留が3になったら止める。2に戻ったらまた打ち初める。時々盤面のセーフゾーンに残っていた玉がへそに入る。「今の見た?止めてるあいだに玉が入っただろうラッキーだよ」 「これをずーーーっと続けてるの?肩がこりそう」  みかが笑う。 「でも丸1日やると5000円の違いがでるんやで。俺らはパチプロだ。これで飯を食っている。ほんのひと玉でも妥協はしない。いくら肩がころうと、そっちの方が有利なら、手間隙を惜しまない。こんなみみっちい技術でもパチプロとしてのプライドを持ってやっているんだよ」  すると、みかは頷きながら保留3止めをし始めた。30分もしたら疲れたようだ。 「ちょっと休むわね」  そう言って保留4止めに切り替える。「3止めでも4止めでも変わりはないと思うんやけどなあ。」「なんや精神的負担が違うのよ。なんでだろうね」「分かれへんわ。そんな事」  サトシが笑う。「まあ、気が向いたらやるといいよ。そこまで重要な技術でもないしな」  しばらくするとみかが、核心を突いてくる。「最初に『釘読み』ってやるんでしょう。どこを見ればいいの?」  これには困った。この店では風車上の鎧釘は一月くらいは変えない。3台ぐらい押さえておけば大丈夫なのだが、それを披露するとバッティングしてしまう。いくら親しくても絶対に教えてやれない「急所」だ。  鎧釘の事はふせておいて、へその見方だけを教えてやる。「まずはざーっと見ていくんだよ。すると、へそが目に焼き付いてコンマ5ミリの違いが分かるようになるんだ。理屈じゃあない。とにかく真剣にトレーニングするんだよ。そうしていると明らかに印象の違う台が、突然現れる。あとはその台の他の部分を調べて納得できれば、オーケーや。パチプロってのはこの技術を徹底的に鍛え上げてんねん。これは絶対に妥協せえへん。命みたいな技術やからな」 「あ、なんかカッコいい」 「そうかな?へへへ」  箱の中の玉を上皿に流し込みながら付け加える。「でも優先順位はやっぱり玉で粘る事のほうやで。それだけ知っとったらもうトータルで負けることは無くなるやろ」  夜8時になった。みかが「ありがとうね」と言いながら玉を流す。今日は1万円ぐらいの勝ちらしい。まあ、計算通りだ。  サトシは思わぬ話相手ができて、少し浮かれている。いつも、夜10時まで粘るのが、みかと話していると、あっという間に過ぎて行く。  パチンコが終わって飯である。二人ともいつもの中華定食だ。カズが尋ねる。 「お前さん、ガールフレンドが出来たのかい?」「いやー向こうが勝手に話しかけてくるんですよ」「まあ、少しだけ用心することだな」 「ん?何をですか」 「パチンコの勝ち方なんかを教えるなって言ってるんだよ。女の色香に負けてべらべらしゃべっていると、彼氏なんぞが出て来てバッティングするかもしれない。特に『急所』の話だ。これは絶対に胸の内にしまっておかなくちゃあならない。そこは分かっているな」  危なかった。ギリギリセーフだ。サトシは持ち玉で粘るようにレクチャーしたことを正直に告白した。「まあ、それくらいなら構わないだろう。それ以上はアウトだからな」  ふたりで地下鉄扇町駅に向かう。カズが話す。「まあ、パチンコっていうのは孤独なもんだ。友達とぺちゃくちゃおしゃべりしながら打ちたいのもよく分かるよ。でも超えちゃならない一線がある。そこを見極める力も必要だ。時によっては大ケガをしてしまうぞ」 「そうですね…色々反省です」  サトシは深くため息をついた。  一週間が経った。またもや姉さんが隣に座った。サトシは身構える。話はスナックでのもろもろの事である。もうパチンコ指南はしなくていいようだ。「釘読みってやってみたんだけれど、全部同じに見えたわ。やっぱりパチプロって凄いのね」 「一応プロやしな。でもこれ以上は教えるなって親方に怒られたよ。怖い人なんだよ」「へーそうなんだ。でも持ち玉で粘る事はいいんでしょう?」「それは問題ないよ。いつも通りに打ちこめばいい」 今日は二人とも当たりがこない。すでに600回を超えている。サトシは不安になってきた。  みかの方に当たりが来た。単発である。しかしすぐに飲まれてしまう。お互い投資金額が膨らむ。みかはしゃべりながらもちゃんと保留3止めをしているようで、慣れたようだった。  そのうちみかが当たり始める。確変で7連チャンだ。投資金額を回収したようだ。ほっとしている。サトシは4万円目に突入だ。今日は5万円オーバーを覚悟しなければならない。調子は最悪だ。みかは4箱飲まれたところで単発、またひと箱飲まれたところで3連チャンだ。調子が上がって来ているようだ。  8時が来た。みかはタイムオーバーだ。7箱程流したが最初のハマリの現金投資が響いて今日は負けであろう。 「やっぱりいつも勝てる訳じゃないのね」 「そりゃそうだ。俺も勝率7割だよ」 「でもトータルでは勝てるようになったみたい。ありがとうね」  みかは涼しげな顔をしてパチンコ屋を後にし、夜の街に消えていった。
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