嫌な奴ほど覚えてる

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「うん、真面目そう。」 「いやいや、今時、中途採用でリクルートスーツって。ダサ子じゃん。 美人じゃないと仕事する気しない!」 「それじゃあ、今まで受けた男性は全部駄目になるじゃないか? 無茶言うなよ。」 呆れた様に幸人が言う。 「ご案内します。」 梨香はもはや無駄だと分かっていて無視をした。 下に降りて行き、名前を呼ぶ。 「石原さん、どうぞ。こちらです。上で面接をします。」 緊張しながら階段を登り、お辞儀をし、座る前に自己紹介した。 「石原 水菜です。よろしくお願い致します。」 それまで椅子の背もたれに頭を預けて、後ろに顔を向けて反り返っていたやる気のなさそうな男が、突然、ガタっと座り直した。 「ああ、どうぞ、お座り下さい。」 印象の良い真面目そうな人が言い、失礼しますと答えて椅子に座った。 「初めまして。立花(たちばな)と言います。石原さんはこういう系の仕事は初めて?」 「はい。」 「でも情報処理専門学校に行ってますね?」 「興味があったので一年だけです。情報処理検定はビジネス部門2級しかありません。」 「プログラミングは無理って事ですね?」 「はい。」 立花という、まともな方にだけ目を向けて、もう一人の顔を見てなかった。 向こうも見てないと思っていたからだ。 「情報処理、ビジネス2級位は、うちはあって当たり前。 その程度で受けに来たのですか?」 低い声が響いて顔を向けた。 あの酔っ払い男が私の顔をじっと見ていた。 (終わった……。) と、思った。 「そうです。秘書のお仕事、プログラミングは必要とは書いてありませんでした。必要ですか?」 どうでも良いと思って答えた。 「出来た方がいい。当然ですよね?出来ない人より、いざという時できる人が欲しい。違いますか?」 「そう思います。」 「石原…水菜さん。野菜さん、覚えておいでですか?」 ドキリとして平静を装い答えた。 「はい。酔っ払いですね?弱いなら飲まれない方がいいと思います。」 「あの場の無礼を謝って下さるなら、採用しますよ?」 笑顔であいつは言う。 「いいえ、酔って無関係の人間に失礼を連呼する社長の下で働かずに済む方がいいですから…。こちらからご遠慮します。」 笑顔で返して席を立った。 立花の方を向き、お辞儀をする。 「御縁がありませんでした。貴重なお時間を取って頂き、ありがとうございました。失礼致します。」 階段に向かって歩く。 「おい!いいのか?謝れば採用だぞ!ごめんでいいんだぞ? そしたら一万も返すし、正社員だぞ?」 後ろでうるさいなぁと思う。 階段を降りる前に振り返ると静かになる。 「ありがとうございました。失礼致します。」 笑顔で頭を下げて、階段を降りた。 梨香が心配そうに待っていた。 「どういう事?うちの七瀬と知り合い?」 「知り合いと言うほどではないよ?飲み屋でね、絡まれたの。一人で飲んでる女がいる、寂しいとか、水菜は野菜とか?水掛けてクリーニング代置いて帰ったからそれを謝れって言われた。 ごめんね?梨香さん。ご縁がなかったわ。ありがとう。失礼します。」 少し悔しいけど謝る気はない。 水を掛けたことは悪いと思う。 でもそれを謝る前に、相手が謝るべきだ。 悔しいと思いつつ、後ろ髪を引かれる。 そして疲れて帰宅した。
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