共同開発の終わり

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社長室のドアを女性がノックし、中から岩永社長がドアを開いて部屋の中へ誘導した。 女性に一言、二言…何か話していたが、水菜には聞こえなかった。 ドアを閉めて、豪華な社長室の中、正面に社長の机が置いてあり、その前に応接セットが置かれていた。 岩永が、ドアを閉めてすぐのソファに座った。 「どうぞ?」 前のソファを手で差した。 素直に座り、息を吸った。 「今回の共同開発、成功しました事、おめでとうございます。」 丁寧に頭を下げた。 「お互いにね? エタエモさんの開発力、発想はすごいよ。 人数的にはうちの方が多いのに、この短期間で見事だね。」 「ありがとうございます。うちのSEの苦労が報われます。」 「さて……早く帰りたそうだし、向こうもどの位、興味を引いていられるか分からないからね。話をしよう。」 岩永は息を吐き、座り直した。 水菜は真っ直ぐ、それを見ていた。 「うちに来て欲しい。ただ来るだけじゃない。 エタエモで一番のSEを連れて来て欲しい。もしくは、社長の私用パソコンデータを持って来て欲しい。君ならコピーくらい取れるはずだ。」 「私に何をさせたいのですか?何故、私に?」 驚いてそれ以上の言葉が出なかった。 「前から、七瀬さんは君の事が随分、お気に入りだなぁと思ってました。 エタエモは失礼だがうちより小さな会社です。 ですが、開発においてうちはいつも負けている。 発想力、遊び心、機能性、そちらのSEが欲しいと思っても不思議ではないでしょう? それが無理ならそちらの情報を。あなたの手で! お気に入りのあなたが自分のパソコンから情報を持ってうちに来る。 これは七瀬さんには随分なダメージだ。 仕事どころではないでしょうね。」 「私は、そんな泥棒の様な事はしません。」 腹は立っていた。 全身にかぁーっと熱い血が巡るのが分かる。 それを必死に抑えて冷静に淡々と水菜は答えた。 「そうかな?」 「は?」 岩永が目の前で楽しそうに笑っていた。 「あなたは以前、クビになっていますよね?調べてみたら七瀬さん私用のパソコンを勝手に触ったとか…。同じ事をして下さればいいだけの話です。 そんな事をした社員をまた雇うなんて随分、彼も甘いですね。」 (事実…だけど、内容が全然違う。あのパソコンは社長の全面プライベートで、仕事の内容は1ミリも入ってない。あるのはゲーム!そしてセフレの電話番号。ゲーム入れ過ぎて重くなって動きの悪いパソコンだ。) 心の中で、それを言いたいが言っても笑われるだろうと思うし、本当にプライベートだから言えないと考える。 「どうですか?今のお給料の倍を出しますよ?」 黙っている水菜に岩永はもうひと押しと思ったのか、お金の話を始めた。 「SEを連れて来たらさらにこれだけ…七瀬さんのパソコンデータを持って来たらプラス、これだけ。良い副業でしょ?」 電卓を打ち、水菜の前のテーブルにその度に置いた。 それを聞いて水菜はフッと笑う。 「そんな事をさせてまで雇う割には、お給料は倍って、案外ケチなんですね? 私の居場所は秘書ですか?事務ですか?」 喰いついた…と思ったのか、岩永は笑顔で返した。 「当然、事務ですよ。社長のデータを勝手にコピーする様な方を秘書には出来ないでしょう?」 (信用出来ないと言っている様なものなのに、その口で来いと言う。 何だか…気持ち悪い…。) そんな風に誰かを思ったのは初めてだと思う。 でももう一つ確認しなければ帰れない。 手をグッと握った。
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