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今の私の楽しみは会社帰り、家とのちょうど真ん中辺りにある飲み屋。
ふらっと入ったのだけれど、カウンター立ち飲みで、奥に四人掛けのテーブルが三つあるだけの小さな店だ。
大将の料理と後ろに並ぶ酒が凄い。
立ち飲みのまま、カウンターで大将と少し話をし、一杯のみ、一皿だけ注文して30分位で引き上げるのが通常だ。
常連になると同じ様な常連のおじさま方とも仲良くなって、安全に楽しく話す。
会社ではほとんど話をしないからここが唯一の会話の場。
「こんばんはぁ。」
一番奥のカウンターが空いていた。
「おお、スイちゃんここ、空いてるよ。」
奥のおじさんは常連さんだ。
「一週間ぶり?山田さんでしたよね?」
「そうだよ。一週間ぶり、当たりだ。大将、スイちゃんに大根煮。おごりね。」
「いいんですか?」
「うん、名前覚えててくれたから、気持ち。」
「ありがとう、戴きます。大将、清酒、いつもの。」
「はいよ、どうぞ。ごゆっくり。」
お気に入りの清酒を一杯頼み、顔見知りで仲良くなった常連さんに大根煮を奢ってもらう。
今日はなかなかにラッキーだ。
この時まではラッキーだった。
「なぁ、あれ凄くないか?若い女が一人でカウンターって。立ち飲みだぞ?」
「声が大きいです……。」
「だって凄い地味だぞ?地味子ちゃんだ。」
一番奥の四人掛けテーブルの客。
その一番奥の男が私を見て騒ぎ出した。
確かにグレーのロングカーディガンに白のワイシャツ、ジーンズ。
地味だけど…事実だけど…。
(お前に関係あんのか!)
切れつつ、酔っ払いだし、無視して飲む。
(もう、さっさと帰ろう。)
酒を飲み干す。
「見たか?酒を一気飲み。いやさ、おばさんなら分かるよ?あの子まだ若いだろ?20代だろ?こんな汚い店でさ、一人で淋しいだろ?」
(誰の所為で一気飲みしたと思ってるんだろうか…。)
「社長、辞めて下さいよ。飲みすぎですよ?」
(社長ね…。)
「大将、お勘定いい?」
小銭を出す。
「ああ、はい、お釣り。ごめんね、水菜ちゃん。」
「こちらこそ…またね。」
お釣りを受け取り、帰ろうとした時、酔っ払いの声が聞こえた。
「聞いたか?みずなだって。野菜だよ!や、さ、い!受けるな?
売れ残りってな?せめて三つ葉なら、まだいいのにな?」
「社長!失礼ですよ!」
男二人、女二人の席。
四人とも20代に見える。
(男といればいいわけ?)
思わず最初に出されて飲んでいない水のコップを手に、気が付けば酔っ払いに掛けていた。
「は?何すんだよ……。」
酔っ払いは呆然と言う。
「それ、こっちのセリフだから!淋しい女で悪い?一人で店に入ったら犯罪なの?酔っ払いだし無視するつもりだったけど、人の名前笑うのは失礼じゃないの?親が付けた名前なの。私にはどうしようもないの!
ちょうどいいんじゃない?酔いが覚めて。クリーニング代、どうぞ。
さようなら。」
一万円をそのテーブルに置いて店を出た。
(一万………痛い!でも、後でワァワァ言われたくないし、あれでラッキーて帰れば、忘れてくれるでしょ。貧乏人とか思われたくないし…いや、貧乏だけど……店にも迷惑かけたし…。しばらくは行けないな。
ああぁぁぁぁl!一万!)
店を出て足早に左の脇道に入る。
そこから真っ直ぐ行くと、左にまた曲がる。
歩いて10分、アパートが見えてくる。
後悔しながらの帰宅。
「ついてない。」
小さい冷蔵庫からビールを出して飲む。
(男なんか最低だ。彼氏などもういらない。)
ここに至るまでには、苦い過去がある。
その苦い過去ごと、苦いビールで流し込んだ。
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