何処が好き?

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電気ストーブの前で、背中から毛布を掛けられた。 暖かくなり始めるとどれだけ身体が冷えていたかを理解した。 がたがた震え出して、情けなく思い始めた。 「はい、お茶ですけど、温かいですよ。いつから居たんですか? 風邪引いたらどうするんです?新しい仕事、入ってましたよね? さっき電話していたでしょ?梨香さんか副社長ですよね。 心配してますよ?温まったら帰って下さいね。」 (声がする。聞いているだけで、落ち着く。) 水菜は少し離れた場所に座る。 「さ、むくないの?ストーブ、半分どうぞ?」 唇の感覚が戻って来たと分かった。 「平気ですから、ちゃんと温めて下さい。社長の……いえ、七瀬さんの事ですから文句でも言いに来ました?なんで辞めたか。」 「体調不良と聞いた……。」 「はい。そうです。」 「水菜はいい人材だ。頑張って働いてくれてた。体調が悪い時は早退も認めるし、休日も多く取っていい。梨香みたいに時短で働いてもいい。 辞めることはないと思う。」 きょとんとした顔で水菜は真を見た。 「文句…言いに来たんですよね?」 「引き止めに来た。俺の秘書は君がいい。」 「七瀬さんには分からないかもしれませんが、今、この状態でいるのもキツイのです。ほら、見てください。」 水菜の指は震えていた。 「こんな状態で仕事は出来ません。ご迷惑を掛けるだけです。」 「それ……男性不信?」 「梨香さんに聞いたんですね?発作が出た場所にはいない方がいいと、お医者様に言われました。それでも女性ばかりの職場にいると逃げ道になってしまうので、普通に暮らせる場所がいいと。 今はバイトしながら就職先を探しているところです。」 「俺の、所為?そうだよね?俺が水菜に嫌な思いをさせて、現場を見せて、だから…。」 「違います!七瀬さんは恋人でもないし、そういうスタイルだと聞いた上で仕事を引き受けたんです。私の心が弱いだけです。」 真の言葉を遮り、大きな声で水菜は否定した。 「何で?」 真がポツリと呟いた。 「何で心が弱い事になる。人間なんて、みんな我儘で自分勝手で弱いものだろ?親からもらった名前を守った水菜の何処が弱いんだ? 男性不信なんだから見たら嫌に決まってる。 普通の子だって、人のは見たら嫌だ。それは弱いとは言わない。 普通のことだよ…水菜。」 「ごめん、良く知りもしないで……。」 顔を水菜に向けると、水菜は前を向いたまま涙を流していた。 「あ、ごめん!本当にごめん!」 (泣かせるつもりじゃないのに、いつも俺は逆の事をする。) オロオロしていると、水菜が涙を拭きながら言う。 「ううん、七瀬さんは悪くないです。ずっと、変だって、怖いと思うことも、そう思っていて、一人で生きて行けるようにって、頑張ろうって。 だから普通だと言われて……嬉しかった。ありがとう。七瀬さん。」 涙を拭きながら水菜が笑う。 (笑った……。ありがとうって…初めて言われた。) ドキドキして嬉しくて、声をかけて戻って来てと言おうとした時、玄関のドアがノックされて、水菜が返事をすると幸人が入って来た。 「な…何だよ!」 幸人に腕を捕まれる。 「ごめんね、石原さん。真が迷惑かけて。連れて帰るから安心して? ほら!仕事がたまってるんだよ、戻るぞ。」 強引にタクシーに乗せられた。
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