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私は今の今まで、西武鉄道拝島線の「玉川上水駅」(立川市)の近くだろうと思い込んでいたんです。恥ずかしながら。
その場所は、三鷹市からはかなり離れています。
なので、太宰は、三鷹から鉄道を利用するなどして、死出の旅に赴いたというイメージを、勝手に持っていたのでした。
でも実際は、三鷹市内に玉川上水は流れていたのです。
しかも。
現地に行ってみないと実感できないことって、やっぱりあるんですね。
太宰と山崎富栄は、富栄の下宿先兼太宰の仕事場でもあった野川家2階から、そのまま玉川上水に向かったといわれています。
二人の入水現場には、今「玉鹿石」が置かれていて、それが目印になるのですが、そこまでの距離は歩いて5分もたたないくらいなんです。
ちょっとそこまで……といった感覚の距離です。
二人の心中の真意はもう、わかりません。でも、迷う暇もないくらいの距離だったことは、間違いがないでしょう。
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