既婚者ヘタレリーマンなのにサキュバスと妻に挟まれて修羅場かと思いきや、もっと大変なことに巻き込まれてます

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 名前も知らない鳥が鳴いている。  梅雨入りを忘れた空は、一足早い夏の日差しを投げかけていた。 「悠真さん、コーヒーいりませんか?」  コンビニの外で一服している僕に、愛梨が声をかける。  空気を含んだ栗色のボブ、ゆったりとした綿レースのワンピース。イメージに違わぬ柔らかい声は、僕の耳にはよく通る。  左手の薬指には、僕と同じセミオーダーメイドのプラチナリングが控えめに輝いていた。 「コンビニのコーヒー、ちょっと濃いからなあ」  タバコをもみ消してコンビニに入る。機械的に冷やされた空気が肌に心地いい。 「悠真さん、甘党ですもんね」  愛梨が微笑みながら、レジ横のスペースでガムシロップを三つ、カップに入れた。  店内には所狭しとスナック菓子や洋菓子が並べられている。愛梨の白い手にも、既にプリンの入ったビニール袋が握られていた。少しおしゃれな喫茶店に入ればいいのに、どうしても車の中でチープなスイーツを食べたがる。 「はい、悠真さん」  差し出されたコーヒーに口をつける。氷でかさ増しされている上に、少し苦み走っていた。 「愛梨は──」  飲まないのか、と聞こうとして、背後に人の気配を感じた。狭い店内でそっと体を避ける。  ふわりと甘い香りが鼻をかすめた。肩のあたりを絹のような白い髪の房が撫でていく。  思わず目で追うと、赤い瞳と目が合った。外国の少女だろうか、十四〜五歳ほどに見える。日本人離れした色の髪を二つに結い上げ、もみあげは長く残している。まだ幼さの残る顔には不釣り合いな、大胆に背中の開いた黒いキャミソールのワンピースが、露わになったうなじを病的なほど白く浮き立たせていた。  にこりと少女に微笑みかけられて初めて、自分が失礼なほど少女を眺めていたことに気づく。すみません、と謝罪の言葉がつい出て、日本人にありがちなよくわからない愛想笑いを浮かべる。 「    」  少女が何か声を発した、気がした。 「何ですか?」  僕が聞き返すのと同時に──  ブレーキとアクセルを踏み間違えた赤い車両が、コンビニのガラス窓を突き破った。  
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