既婚者ヘタレリーマンなのにサキュバスと妻に挟まれて修羅場かと思いきや、もっと大変なことに巻き込まれてます

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「え?」  そんな物騒な──いや、それ以前にどうして僕の名前を知っているのか。  と、唐突に地面が震えだした。   立っていられないほどの衝撃と轟音に、僕はよろめいて突っ伏す。 ──あれ?  いつのまにか刺すような日差しも陰っていた。日が沈んだはずはない。何かが日を遮っているのである。  しゃがみこんだ状態で後ろを振り向くと、隆々と発達したふくらはぎが目に入った。まず頭をよぎったのは、修学旅行で見た仁王像。大きさ八メートルはあったはずだ。足の太さは余裕で自分の胴体を超えている。なぜそんな像がここにあるのか。 「ブォォォォォォォォォ!」  像の咆哮を聞いてようやく、それが生きていることと、震えているのは地面でなく大気であることを知った。 ──え……え?  呆然と像を見上げる。仁王像というのは言い過ぎだったようだ、せいぜい体長は三メートルといったところ。だが発達した四肢の太さはまさに仁王を思わせる。陸上最大の哺乳類であるクマだろうか。こんな市街地に? だがよくよく見れば浅黒い肌に体毛はわずかにしか生えていないし、頭部の形もクマのそれではない。 ──豚、なのか?  潰れた大きな鼻と耳に、小さな瞳。四肢とは逆にぶくぶくと肥え太った丸い頬。よく見知った家畜のそれであった。 ──しかし、大きすぎる。  何よりどれだけ四肢が発達したところで奴らは二足歩行などするまい。 「ブゴッ、フゴォッ」  豚のツラをした仁王が醜い鼻を鳴らした。だらしなく開いた口からはボタボタと唾液が滴り落ちる。あたりに家畜小屋のような臭いが充満した。僕は思わず顔をしかめる。 「よしよしメム、いい〜子いい子」  ハイヒールがアスファルトを叩く甲高い音がして、甘ったるい声がビルの壁に反響した。現れたその豊満なシルエットだけで、若い女だと分かる。くすんだピンクのセミロングに、浮かされたような潤んだ赤い瞳。異様に露出の激しい服を纏い、歩くたびに脂肪がたっぷり乗った乳房と臀部がふるふると震えている。腰回りにも脂肪はのっているが、太すぎるというほどではなく、これが好きだという男も多いだろう。  しかし、飾りか何かだろうか? 側頭部から伸びた水牛のような大きなツノと、背中のコウモリを模した羽が異様な雰囲気を醸し出していた。 「ごきげんよう、可愛いライラ。その様子だとまだ(バーサール)を見つけていないの? やる気がないって本当なのねぇ。せっかくアインに見初められたっていうのに」  ライラと呼ばれた白い髪の少女は返事をしない。 「残念ねぇ。アインの顕現した姿を見るの、楽しみだったのに。まあいいわぁ。やる気がないなら好都合ねぇ。大人しくメムに従いなさいな」  女は愛おしそうにメムと呼ばれた怪物を撫でている。メムは見るからに喜び、顔を弛緩させてだらしなく唾液を垂らした。 「確かにやる気はないけど、あんたの豚に汚される趣味もないわ」  ライラは顔をしかめ、汚物を見るような眼差しをした。それまで笑顔だった女の顔がひきつる。
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