イヤホン。

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

イヤホン。

ある科学者が自分の娘のために医療器具を開発した。 今までにない革新的な補聴器。それまでの音を収集し、『聞く』補助をするものとは違う。 開発されたそれは遠目から見れば一本の糸のようだった。その先端の一方には端末に接続する部分があり、一方は二股に分かれている。この二股に分かれた先端には、娘の耳にフィットするように作られた楕円が変形したような部品が付いている。この部分を耳に当て、一方の先端を端末に接続することで、音を『伝える』。この機械の革新的な部分はそこにある。 音の信号を脳に直接伝えることで聴力を補っているのだ。 しかし、これはあくまで娘のために開発した器具で、この世にまたとないものだった。おまけに開発費も尋常ではない。これ一つで自動車を購入できるのだ。大量生産されるのはまだ先の話だ。しかし、これによって多くの人が救われることは間違いない。 さて、この革新的な補聴器を手にした娘は大いに喜んだ。それまでよりクリアに聞こえる音。聞きたいことを優先して伝えてくれるため、会話にも困らない。その上彼女に音の楽しさを与えた。楽器を奏で、歌を歌う楽しみを手にした彼女は日に日にその顔を輝かせていった。 科学者もそれで満足した。何よりも娘の笑顔を見るのが一番の幸せだった。 様々な音を手にした彼女は学校に通うことを望んだ。今なら何だって出来ると、そう思ったのだ。父親もそれを止めなかった。母親は大いに喜んだ。こうして彼女は学校にかよえるようになった。 しかし、彼女が登校した初日。あれほど輝かしい顔をして学校に行った娘は、曇った顔で帰ってきた。彼女の持つ補聴器を周りが奇怪な目で見ると言うのだ。 それもそのはず。彼女の補聴器はこの世にたった一つだけ。悪目立ちするのが当たり前なのだ。 その後も彼女は学校に通い続けたが、奇異の視線は変わらず、コードの部分を引っ張ってイタズラをするものまで現れた。 思わぬ困難に立ち会った科学者は、必死に目立たないようにしようと考えた。だが、それを出来る素材が存在しない。目立たないようにするだけなら出来ても、補聴器としての役目をなさないのだ。 苦悩を抱えた科学者は、ある日ふとこんな言葉を思い出す。 『木を隠すなら森』 森がないなら作ればいい。 科学者はそう思いつくやいなや、娘の補聴器と同じ形の機械を作り始めた。 この機械は若者を中心に爆発的に売れ、それを手にしていない人間はほとんどいなくなった。 娘の補聴器はこれで目立たなくなった。彼女の顔に再び笑顔が戻った。 娘の補聴器は後に『イヤホン型補聴器』と呼ばれるようになった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!