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男は山を下り、鬱蒼と生い茂る藪の中、およそ人の通るとは思えない場所を進む。
縦に横にと振り回され、虫の垂れ衣は木の枝に引きさかれ、わけのわからぬものが顔に張りついた。
幾度も声を上げたが、男は心配顔ひとつ見せず、そのうち、振り返りもしなくなった。
蚊に刺され、蒸し暑さに辟易する。
時折、何かの気配が感じられた。
蚊の羽音とも違う唸るような音や、聞いたことのない鳴き声、さらには人のすすり泣くような声さえ聞こえてくる。
姿は見えぬが、笹や枯葉を踏みしめながらわたしの目の前を横切るモノもいる。
「あれは何です?」と、尋ねるが、
「悪さはすまい」と、一言で片づけられた。
洛外では魑魅魍魎が闊歩し、百鬼夜行に出逢った者もいると聞く。
それではないかと、男に念を押す。
「観たいのか」と、訊いてくる。
「御免です。人を喰らう、というではありませんか」と答えると、
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