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「亮平、待ってよー」
始業式が終わり、俺が家へと帰る道すがら、後方から俺を呼び止める、うんざりする程清々しい声が聞こえた。逃げようかどうか迷ったが、それも面倒だと思い止めた。
俺はその場に足を止め、奴が来るのを待った。
「なんで友達になってくれないんだよ、why?」
桐ヶ谷は俺に追い着くと、不満げにそう漏らした。
俺はあのときの誘いを丁重にお断りしていた。なぜなら俺は、こんなに急速に距離を縮めようとしてくる人間が嫌いだったからだ。アメリカではそれが普通なのかもしれないが、ここは日本だ。日本流の流儀でやってもらわないと困る。
「そもそも何で俺と友達になりたいわけ?」
俺は率直な疑問を桐ヶ谷にぶつけた。
「きみの力が必要だからだよ」
そう言って桐ヶ谷はなにやら自分の鞄の中を漁り、一枚の紙を取り出した。
そこにはでかでかとした白い文字でこう書かれていた。
「第1回 全国高校eスポーツ競技大会……」
「この大会の正式種目のひとつにleague of carsがあるんだ。ぼくと一緒にこの大会に出ようよ!」
俺の呆れ顔とは裏腹に、桐ヶ谷は期待に満ちた笑顔をしていた。
「だってうちの学校、eスポーツ部とかないよ?」
「それはこれからぼくが作ろうと思ってるから」
「そんなの勝手に決められないだろ。うちの学校ってそこそこの進学校だし認めてもらえないと思うぞ」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃない」
こいつは本気でそんなことを言っているのだろうか。だとしたら相当クレイジーな奴だと思った。
「あっ、そう。せいぜい頑張りな」
俺は馬鹿の相手をするのを止め、帰ることにした。
「ちょっと待ってよ。亮平は協力してくれないの?」
「嫌だよ、面倒くさい。ひとりでやれよ」
俺は桐ヶ谷に背を向けて歩き出した。
「亮平は面白そうだと思わないの?」
背後にいる桐ヶ谷にそう言われたとき、俺は胸の中がざわつくような奇妙な感覚を覚えた。だがすぐにそれに気付かない振りをした。
俺は返事もせず、黙って奴の下を去ったのだった。
家に帰った俺は自室のPCで、全国高校eスポーツ競技大会について検索してみた。公式ホームページがあったのでアクセスする。
そこにはルールブックと大会規約のページがあったためそれを覗いてみた。
それによるとこの大会の参加資格は、まず日本国内に在住している高校生であること。さらに競技ルールが定める人数(3~4人)でチームを編成し、そのメンバー全員が同じ学校に在籍していることと書かれていた。
競技内容のひとつに、桐ヶ谷が言っていたleague of carsがあった。3vs3という、ゲーム内ではスタンダードと呼ばれる形式で勝負が行われるらしい。勝利に必要となるラウンド数は予選と決勝で異なるようだ。
8月からオンラインによるトーナメント形式の予選が行われ、9月末に予選を勝ち抜いた上位4チームで、オフラインによる決勝大会が幕張ドームで行われるという。
俺はこれを見たとき、今度は確かな胸の高鳴りを感じた。しかしすぐに、あらゆる否定材料を用いてそれを押し殺すのだった。
自分は今年受験生であり、こんなことにかまけている時間はないとか、どうせ優勝なんてできるはずがないからやっても無駄だとか、そもそも参加資格を満たせるかどうかすら分からない、とか……。
現実離れした思い――。それはポジティブなものであろうが、ネガティブなものであろうが俺にとっては敵だった。そんな叶いもしない夢物語を描いている暇があったら、今の自分でもなんとかなりそうな将来を見据えたほうがよっぽど建設的だ。世の中はそんなに甘いものじゃない。俺はそうやって人並みの幸福な人生を歩むのが、漠然とした夢だったのだ。
俺はホームページを閉じ、もはや生活の一部と化しているleague of carsを起動するのだった。
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