Episode2.「催眠術師と闇少女」

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Episode2.「催眠術師と闇少女」

『少女催眠術。』※狂愛注意  君だけは幸せにしたかった、と人間だった少年は或る亡骸を抱きしめながら泣いた。──思えば君は何のために生まれてきたのだろうね。ああ、もう死んでしまっては何も分からないね。  「狂ってしまっても愛してる」──それが彼らの愛の物語だった。  「ほらご覧、この間の新宿の悲劇を薬にしたからさ。これを吸えば君も、少しは楽になるかもしれないよ」  目元を狐面で覆った怪人は、数々の毒々しい色の管に繋がれた少女に恍惚と語りかけた。ここは無菌室。彼が彼女のために作った、永遠の愛を改造する深い檻。そんな哀れな病に満ちた世界の中で、性的な匂いを感じさせない瑞々しい女体は天井から吊されていた。  皺の少ないセーラー服と柔肌を締め付けるのは赤く頑丈な布。医療用チューブの中には紫、緑、桃色を基調とした怪しい液体が流し込まれ、それらは全て違う「人形」の口の中から注がれている。人形は動物のぬいぐるみから西洋人形まで、まるで世界そのものの人形たちを集約したかのようだった。  「……苦しい?」  怪人はそう言ってニタリと笑顔を浮かべた。そうして、左手に持った試験管をゆっくりと右や左に傾けてなめ回す。  「……」  美しい少女は布によって唇を塞がれ、沈黙を貫くことしか選択を許されていなかった。しかし彼女の脳内の言葉は三体のメイド人形たちによって仲介され、怪人と会話をすることはできていた。彼女たちは少女の両脚を小さな両腕で抱きしめ、主人の方を無表情で見つめている。  「悲劇なんて嫌、と言っております。ご主人様」  「早くここから出して、と泣いております。ご主人様」  「私に何をしたの、と呂律の回らない口調で嘆いております。ご主人様」  全員同じ声、同じスピード、同じ抑揚で淡々と少女の心の内を伝える。彼女はぎゅっと目を瞑り、この時が過ぎるのを待っているかのように見えた。  「……そうか。僕は喜劇よりも悲劇で君のことを培養したいのだけれど。そうしたらこれからどんなに苦しいことがあっても、笑い飛ばして愛を育むことができるだろう?」  「また人が殺される夢を見るの?と聞いております、ご主人様」  怪人はそれを聞くと菊の花を懐から一本取り出し、彼女の黒髪にそっと差した。  「ああ、ああ……いけない。それはいけないね。君が苦しむのはいけない。僕は君を愛している。君のことを傷つける訳がないだろう?」  はっきりと口を開いて愛を紡ぐ彼の歯は人間とは思えぬほど鋭く、瞳を赤くさせて彼女に詰め寄るその姿は鬼そのものだった。カラン、コロン、と背広には不釣り合いな下駄の音が、禍々しいばかりの無菌室に鳴り響く。  しかし人間にしては整いすぎた芸術のような顔面を見る度に、彼女自身今起こっていることが現実ではないように感じてしまう。  「君を抱きしめるために赤い布を選んだのも、僕たちには運命の糸が通っているだろうという切なる願いを込めたからだ。君の口元の部分、そこに僕の精液を染み込ませてあるから、その魔法できっとこれが解けることはないよ……間接的な性行為だね。全く君はとても官能的だ」  「……っ」  彼女はだんだんと意識が朦朧としていくのを感じていた。自分自身に絶えず注ぎ込まれているあの怪しい液体も、これから彼が何をしようとしているのかも全く分からない不安が襲ってきたのだ。彼女はぐるぐると催眠術に掛けられたかのように瞳の中で渦を巻く。自由を縛るものが何も無ければその首はこくりこくりと上下していただろうが、身体を埋め尽くすほどの赤い糸には抵抗する術すらも奪われる。  「世界に溢れる流産した子供の腸詰……それを君の口に押し込みたい。なあ、分かるかい?君の身体に流れているのはタダの怪しい薬なんかじゃなくて、ジントニックと精子の一夜割りだ。僕はそれを天の川と呼びたい。君がどんな子供を孕むのか、楽しみで仕方ないよ」  怪人の脳内に「病」という概念はない。今目の前にいる彼女が人間であると分かっていても、自分が今行っている行為が愛情からであるという確信があれば何でも出来てしまう性分だった。決してこれが彼女にとって拷問に等しい残虐であるという自覚など毛頭無く、歪んだ自己性愛に耽溺し、気付けばもう二度と日の光を浴びない深淵まで堕ちていた。  「……探しに行く。永遠の命を探しに行くよ」  暫く月日の経った後、気の狂った怪人は彼女を殺し、彼は自らを銃で撃ち抜いた。     
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