手紙

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拝啓 あなた様へ  このよふにして筆を執るのは久方ぶりで、何と申し上げたら良いのか判らない書き出しとなってしまひました。手紙として、文字として表現致す行ひは、とても難しいのですね。あなた様が何故いつもいつも机に向かふのか、アタシは不思議でなりませんでした。  あなた様が机に向かわない時は、食事を採るか、小説に関する事柄の為に外を出歩く時だけでした。  朝餉を作るアタシより早く起きて物ヲ書き、遅い朝餉という名の昼餉を食べたと思へばまた書斎に篭っておりました。夕餉の用意が出来たと呼んでいるのに、「ハァ」と気の抜けた返事をするだけ。湯気も立ち消えて、冷え切った料理を見て、「アタシの明日の朝餉になるかしら」と考えていたところで漸く、書斎から顔を出したあなた様は卓袱台の前で手を合わせてくれましたわ。それでも漸く食べたと思へば、食べ切りもしない内に湯殿に浸かってしまふの。  卓袱台にポツンと置き去りにされたお魚や煮物を見て「結局、アタシの朝餉になるのね」なんて考えながらお片付けをしたわ。他のご用事も済ませてふと時計を見ると気が付けば次の日になっていることもあったわ。「流石にお布団に入ったかしら」と思って、書斎の方へ足を運ぶのだけれど、矢張り襖の隙間から行燈の光が漏れていますの。「身体をお休めになりませんこと?」と尋ねてもあなた様は何時も通り「ハァ」と気の抜けた返事をするだけ。あなたの寝顔なんて何年も見ておりませんでしたわ。
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