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ミチコ
「その鳥居の向こうには、シラサさんが居てね?」
突然ミチコが、そう千堂に語り掛けて来た。
千堂の4歳の娘のミチコは、落書き帳に絵を描いている。
あの軽登山から10日程過ぎたリビングでの事だった。
妻のモモコは近所に住む両親の家に行っていた。
大した用じゃない。旅行に行ったから、土産を取りに来いと言うので、取りに行ったのだ。生物らしく、車の無い両親の方からは持って来れない。
だから、態々取りに行く事になった。
だから、帰宅した千堂は娘と2人で留守番をしていた。
「その鳥居って、どこの鳥居だい?」
「お山の」
「え? どこの?」
「知らない」
ふと思い出す、あのシゲオの話をーー。
あの鳥居の話は、娘はおろか誰にもしていない。
良い年をした大人が、怪談話など日常では誰かにわざわざ語って聞かせる事はないし、人に聞かせたい程大して怖い怪談でも無いからだ。
そもそも、もう鳥居の事など忘れかけていた。
千堂は何だか気になって、ミチコの落書き帳を見た。
「それなんだい? 何を書いたんだい??」
「シラサさん」
ミチコは言った。
その時ーー
玄関の開く音がして
白い発砲スチロールの箱を抱えたモモコが入って来る。
「見て見て、蟹だって!」
とミチコが発泡スチロールの箱を開くと、中に毛ガニがおがくずに塗れて入っていた。まだ生きている。
「生きてるじゃん?」
「そうだね」
「茹でるの?」
「え? 生きたまま?」
「普通はそうだろ?」
「カニさん可哀想」
というミチコの言葉で、もう少し蟹は延命される事となった。
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