ゆめの国 19

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ゆめの国 19

 ゆめの国は日が暮れるにつれ、ますますロマンチックな雰囲気になっていった。 「お兄ちゃん、メリーゴーランドがあるよ」  エキゾチックなアラビア風の二階建て回転木馬が見えて来た。 「瑞樹、疲れていないか」 「はい! 大丈夫です」  こんな風に気遣ってもらえるのが嬉しい。宗吾さんはグイグイ前を行く人だが、けっして一人で突っ走らないのが素敵だ。いつも進み過ぎたら立ち止まって、辺りを見渡してくれので、速度の違う僕もついて行ける。追いつけるのだ。 (まだまだ生き方に不器用な僕ですが、宗吾さんと歩んでみたいと思えるのです)  心の中でそっと伝えた。 「よし! じゃあ行くぞ」 「はい!」 「瑞樹が馬に跨がれば、白馬の王子様のようだな」 「え? そんな……」 「王子さま? うんうん! お兄ちゃん、かっこいいもんね~ わかるよ」  芽生くんが無邪気な笑顔で、コクコクと頷いていた。  ふぅ……今日は本当に忙しい。  お兄ちゃん、パパ、お姫様に……今度は王子様なんだね。  僕が七変化するようで、面白いよ。  でもどんな風に外見の印象が変わろうが、芽生くんが僕を好きでいてくれる気持ちが変わらないのが、嬉しい。  好きな人の子供から、こんなにも真っ直ぐな愛情が届くなんて、僕は幸せだ。 「だから、お兄ちゃんは白いお馬がいいよ」 「そうだね。白い馬は好きだよ。あ、じゃあ宗吾さんは?」 「えっとぉ~、ランプの魔神さんかな」 「はははっ、コイツか。おいっ、逞しいな!」  宗吾さんは、魔神の腕の筋肉をモミモミ触ってノリノリだ。 「芽生くんは?」 「ボクはこれ! ぞうさんだよ」 「可愛い子象だね」 「あ、お兄ちゃん見て~あそこ」  芽生くんが指さす方向には、赤ちゃん連れの家族がベンチのような乗り物に乗っていた。 「あれなら来年、あーちゃんも大丈夫だよね?」 「うん、お母さんのお膝に抱っこして乗れるね」 「あとでメモしなくちゃ」  ゆっくりと回転木馬が動き出す。  二階建てなので視界が高く、爽快感がある。  とてもエキゾチックでいてロマンチック。  カップルが手を繋いでいる。  赤ちゃんが笑顔を浮かべている。  芽生くんが僕を見上げ、小さな手を振ってくれる。  宗吾さんが乗った魔神は苦しそうに見えるのですけれど……くすっ。  幸せが回転する。  くるくる、くるくる……  ……    函館時代……僕は回転木馬に乗れなかった。  今思い返すと、函館の母は、夏休み最後の日は水族館や動物園、遊園地へと、必ずどこかに潤と一緒に連れて行ってくれた。  小学6年生の夏に行ったのは、遊園地だった。  母に回転木馬に誘われたが乗れなかった。  観覧車にも乗れなかった。  だって……乗っている人は、皆、笑顔だ。  幸せ色に染まる空間。  あんなに幸せなそうな場所……僕が近寄る場所ではない。  そう思うと頑なに首を横に振って拒んでしまった。  本当にごめんなさい。あの頃の僕は幸せそうなものに触れるのが怖い臆病な子だった。  ……  「瑞樹、着いたぞ」 「お兄ちゃん、もう降りないと」 「あ、すみません。ぼんやりして」  いつの間にか……下を向いてしまったようだ。     「あの、次はどこへ行きます?」 「もう一度これに乗る」 「えっ?」  同じ乗り物に続けて乗る真意が掴めなくて見つめ返すと、宗吾さんが大らかに微笑んでくれた。 「瑞樹、今度は三人で乗ろうぜ。来年彩芽ちゃんが来た時の予行練習さ」 「あ……」 「さすがパパ~♫ なんでも調査隊だね!!」 「そういうこと。一度きりなんてことないんだ。気に入ったら何度でも食らいつけ!」  全くもう……宗吾さんのペースが心地良くて溜らない。  いつもいつだって僕を持ち上げてくれる人。  それが僕の宗吾さんだ。 「瑞樹、ここをもっと緩めろよ」 「……ええっ!」  暗闇に紛れて胸をタッチされて面食らった。  それってもう……へ…… 「あっ、隠れヘンタイさん発見!」 「えっ?」  芽生くんの声にギョッとして、宗吾さんと顔を見合わしてしまった。 「あ、まちがえちゃった。隠れヘイタイさんだった~ まちがえやすいのできをつけないと」   うん、気をつけた方がいいよ! 芽生くんが指さす壁には、さり気なく可愛いイギリスの兵隊さんが描かれていた。 c31345df-138f-4eda-a342-c040a45f84fe 「あのね、さっきスタッフさんが教えてくれたんだけど、この兵隊さんを見つけるとね、しあわせになれるんだって。なんだかよつばのクローバーみたいだね」 「そうなんだね」 『ゆめの国』独自のアイテムなのだろうが、ワクワクした。  三人で並んで乗ったメリーゴーランドでは、僕はずっと上を見上げていた。  美しいイルミネーションが点灯され、夜空の星のように見えた。 d92fcec1-db05-465d-b50f-1f457f0f107f 『瑞樹、あら……今日は家族で遊園地で遊んでいるのね。良かったわ……あなたが笑えば星が流れるわ』 『瑞樹、上を向きなさい。そうだ。お前は優しい。そして優しく強くなったな』 『おにいちゃん、一緒に乗ったメリーゴーランド覚えている? 僕にとって地上の大切な思い出だよ。だから忘れないで』  あぁ……失った家族の声がする。  僕が幸せを感じると、会いたかった家族に会えるのかな。  嬉しい……嬉しくてまた幸せになる。 「幸せって目に見えないですが……確かにここに存在するんですね」  自分の胸を押さえて、顔を上げた。   あとがき(不要な方はスルー) **** なんとなんと……今日で1000ページ達成しました! 読了時間50時間!1,811,321文字です。 417万プレビューもありがとうございます。8a32b653-9317-4c39-b14a-3b3800c31654沢山の方に読んでいただいております。 感謝の気持ちを忘れずにいたいです。 『重なる月』に続いての1000話越えに感無量です。 スターやペコメ、スタンプで後押ししてもらっています。 いつもありがとうございます!
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