ゆめの国 20

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ゆめの国 20

 ひとりで白馬に乗っていた瑞樹が、次第に意気消沈していくのが手に取るように伝わって来た。  切ない気持ちになるのか。  きっとメリーゴーランドにも失った家族との『幸せな思い出』があるのだ。  去年の連休に函館に行った時、最初は切なげに観覧車を見上げていた。  くそっ、今すぐこのランプの魔神から飛び降りて、君の後に座りたいよ。  そんな気持ちになってしまった。 回転木馬が完全に停止するのを待つ時間が、とてつもなく長く感じた。   「瑞樹、終わったぞ」 「お兄ちゃん、もう降りないと」 「あ、すみません。ぼんやりして」 顔色が悪いな、やはり。  こんな時は俺の出番だ。  幸せな空気で、上書きしてやりたい。  切なくなる思い出の場所を、俺たち3人の思い出の場所に変えていこう。  固くなってしまった心を解してやりたくて、暗闇でちょっかいを出したら芽生の反撃を受けてしまった。 やはり、ヘンタイは封印しないとな。 三人で乗ったメリーゴーランド。  瑞樹は今度はずっと上を見上げていた。  俺はそんな瑞樹の横顔をずっと見つめていた。 美しいイルミネーションが点灯し、それが満点の星のように見えるのか、うっとりした表情を浮かべている。 「宗吾さん、幸せって目に見えないですが……確かに、ここに存在するんですね」 「あぁ、そうだ」  瑞樹の切ない思い出の向こうには、楽しかった家族の思い出がある。  そこだけを取り出してやりたい。  そして俺と芽生との楽しい思い出を足して、喪失感を埋めてやりたい。  メリーゴーランドから降りると、すっかり辺りが暗くなっていた。  ハーバーに灯る明かりがロマンチックで、気分が盛り上がる。  このムードを堪能できる眺めのいいレストランで夕食を取ったら瑞樹、きっと喜んでくれるだろう。とびきりのご馳走を振る舞いたくて、瑞樹達を待たせてスマホで検索するが、あいにくどのレストランも予約は埋まっていた。 「宗吾さん、どうしました?」 「……瑞樹、夕食の予約さ、流石に当日だと取れないんだ、悪いな」 「そんなの大丈夫ですよ。この混みようじゃ仕方がありません」 「どこかに並ぶか」  当日枠があるだろう。少し調べるがどこのレストランも一時間待ちになっている。 「パパ、まだアレにのってないよ」 「そうだった。『ゆめの国』のメインアトラクション『フライリン』に乗っていなかったな」 『フライリン』 は、椅子型の乗り物に腰掛けて、世界中の名所や大自然を巡る、雄大な空中旅行を体感出来るものだ。 「わぁ、外国の景色が見られるのですね」 「あぁ、イギリスやフランス……ハワイや中国も」 「いいですね。僕は行ったことないので見てみたいです」 「ボクもー!」  瑞樹と芽生のワクワクした顔に、俺も賛同した。  そうだよな! お洒落な食事もいいが、まだ芽生には窮屈だろうし、瑞樹も今は外国旅行を疑似体験できるアトラクションに心を奪われている。  家族らしい行動をしようぜ、宗吾。  俺には、お洒落に着飾って澄ましたデートは、窮屈だったのを思い出した。  瑞樹と芽生は、過去の俺を解放してくれる! 「よーし、じゃあ頑張って並ぶぞ」  アトラクションも人気なので混んでいて、一時間待ちだったが苦にならない。  みんなの気持ちが揃っているから。 「パパ、イタリアもあるかな?」 「どうだろう?」  どの国を巡るか調べるとちゃんと入っていた。しかもベネチアだ! 「あぁ、入っているぞ。旅行の予行練習になるな」 「家族旅行で外国に行く夢、叶えたいですね。あっ……これって宗吾さんの大好きな……僕にとって『初めて』ですね、くすっ」   瑞樹が可愛く笑うので、クラクラした。 「俺が君の『初めて』という言葉弱いの知っていて言うんだな。コイツ」 「くすっ、あはは!」  瑞樹が腹を抱えて、肩を揺らして笑った。  その綺麗な笑顔が、また流れ星になる。  
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