夢から覚めても 7

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夢から覚めても 7

 虹色のカーネーションを、北の方角に向けて飾り、静かに両手を合わせた。  お父さん、僕……最近お父さんのことを、よく思い出します。  すぐ近くで現実に父となった人に触れたせいでしょうか。それとも……芽生くんのお父さんとしての役割も担えるようになったせいでしょうか。  お父さんはお母さんと同様、僕と夏樹を分け隔て無く扱ってくれ、時に厳しく、時に優しく色々な事を教えてくれたのを思い出します。 『レインボーカーネーション』の花言葉は『感謝』です。  一人地上に残された僕を最初に見つけてくれた広樹兄さんが、咲かせてくれた花です。  僕は、心の中に虹をいつも持っていたいです。人のこころからこころへ架かる虹を。 「お兄ちゃん、のんのんさまにおまいりしているの?」  北の大地に向かって両手を合わせて頭を垂れていると、芽生くんが横にやってきた。 「そうだよ。お父さんにこのお花を見せているんだ」 「そうなんだね!」  芽生くんも横に並び手を合わせてくれる。  あ、いいな。こういう一時って、うまく言葉で言い表せないが、心が凪ぎ、和むよ。 「いいな、俺も混ぜてくれ」 「宗吾さんまで、ありがとうございます」   お父さん、宗吾さんですよ。覚えていますか。お墓で紹介しましたよね。    僕の大好きな人です。  あの日……由布院でも一馬に、そう紹介した。  大好きな人だと、胸を張って言える人。  心から尊敬し、心から頼りにし、心から愛している素敵な人です。 「お兄ちゃんの天国のお父さんに、ボクからも何かプレゼントしたい」 「ありがとう。何かな?」 「ちょっと待っていてね」  芽生くんが取って来たのは、放課後スクールで描いた絵だった。 「あのね、あのね、あったらいいなの絵をかいたんだ」 「それで虹を描いたんだね」 「そうなの、雨がふってきても……消えちゃわないようにカサをさしてあげたんだよ。だからいつでも虹がみえる傘になったんだ」  子供らしい感性にキュンとしてしまう。虹が消えないように傘をさすなんて。  僕も芽生くんのしあわせを守りたい。  僕は宗吾さんと傘を差し合うから、芽生くん、中へおいで。  この先、君が僕たちから巣立つ日が来ても、いつまでも君のよき理解者でいたいよ。  僕の願いを守ってくれるような優しい絵には、芽生くんの寂しい涙が染み込んでいる。 「芽生くん、この絵を僕にくれる?」 「うん! いいよ」 「大切にするよ」  今日という日を忘れない。  感謝の心を忘れない。  今ここにいられることにありったけの感謝を――    **** 「芽生、宿題やったのか」 「……まだぁ」 「え? もう寝る時間だよ」 「うーん、眠いよぅ」  パジャマ姿の芽生くんが目を擦りながらランドセルから算数の宿題プリントを出してきた。  僕なら1分で出来る簡単な内容だが、芽生くんにとっては難題だ。 「ん……っと、1と3はぁ……」  可愛い……両手を出して指を折っては、一生懸命に数えている。 「芽生くん、夜に宿題をするのは眠いね」 「そうなの~ お兄ちゃんたすけて」  つい甘やかしたくなるがグッと我慢した。 「そうだね。今度は眠くない時間にやるといいよ」 「いつ?」 「放課後スクールで終わらせちゃうのもいいかも。分からない所は先生が教えてくれるよ」 「そうか! だからみんな来るとすぐにしゅくだいをするんだね」 「うんうん。今度は芽生くんも混じってみたらどうかな」 「うん! 明日からそうしてみるよ」 「偉いね」  芽生くんの可愛い頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めてくれた。 「応援してるよ」 「うん、えっと……1たす5は……」  本当は代わりにやってあげたい、宗吾さんもそんな気持ちのようで二人で顔を見合わせた。そのうち芽生くんの目がとろんとし……ゆっくり閉じていく。   「あぁ……寝ちゃいそうですね」 「あと1問だ。芽生、寝るな」 「ん……1たす8はぁ……」  6‼  あぁぁ……惜しい……逆さまに書いてしまったのだね。  鉛筆をギュッと握りしめたまま眠ってしまった芽生くんの寝顔にキュンとした。  なんだかもう愛おしさが満ちてきて溜まらないよ。  僕と宗吾さんは、芽生くんをそっとベッドに運んであげた。  明日の準備は出来なかったけれども、宿題最後まで頑張ったね。  宗吾さんと代わる代わる頭を撫でてあげた。 「頑張ったな。芽生」 「本当に最後まで頑張りましたね」 「可愛いな、息子って」 「はい、僕もそう思います」  宗吾さんが嬉しそうに僕を見上げてくれる。 「瑞樹が自然にそう言ってくれてうれしいよ。もう遠慮は不要だ。もっともっと踏み込んでくれていい。もう君と俺と芽生は家族なのだから」 「あ……はい。今日はなんだか僕も……父性を味わいました」 「良かった。なぁ……俺も君も、もう父親はこの世にいないから、同じ立場だな」  そうだった。宗吾さんもお父さんを数年前に病気で亡くされている。  分かり合える、喪失感だった。  僕だけではない、人は皆……ある程度の歳を経れば……大切な誰かとの別れを経験しているのだろう。 「瑞樹……『感謝』っていい言葉だな」 「あ、はい」 「父がいなければ俺はこの世にいない。この世にいなければ芽生にも瑞樹にも会えなかった。こんなに幸せな日々を送れなかった。だから父には感謝している」 「そうですね。お父さんの優しさや温かさは宗吾さんに受け継がれています。会えなくても……ここに感じます」  心を抑えて微笑んだ。 「瑞樹……ありがとう。瑞樹もだ。君に優しさを授けてくれた、お父さんにも感謝だ」  父の日が近いせいだろうか。  僕たちはその夜、もうこの世にはいない父の話を、お互いにしあった。  いい思い出を語り合った。     あとがき(不要な方はスルー) **** 今日はお彼岸の入りですね。 なかなか揃ってお墓参りにいけない世の中なので、お話しを書くことで、大好きだった祖父母にお参りしました。
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