北国のぬくもり 3

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北国のぬくもり 3

「みっちゃん、面会時間が終わるから、帰るね」 「うん、ヒロくん、明日……私、頑張るね」  大きなお腹で、不安そうに俺を見つめるみっちゃんのことを優しく抱きしめてやった。 「頑張ろうな。一緒に頑張ろう! 全力で応援しているから元気な子を産んでくれよ」 「そうだよね。帝王切開でも……赤ちゃんを産むって言ってもいいんだよね?」 「そうだよ。手術で取り出すんじゃない! みっちゃん自身が産むんだ」 「ヒロくん……ありがとう。そう言ってくれて嬉しい」  俺の母も帝王切開だったので分かり合えたのか。  最初は帝王切開を受け入れられず取り乱していたが、すっかり落ち着いている。 「明日は店番を瑞樹に頼むから、朝から夜までずっとみっちゃんの傍にいるよ」 「瑞樹くんが来てくれるのよね。でも……大丈夫かな。また変な人に絡まれないといいけれども……」 「それは心配無用さ。強烈なボディガードと小さな兵隊さん付きだから」 「あ、そうか、宗吾さんと芽生くんが一緒なのね」  みっちゃんも安心したように微笑んでくれたので、俺も笑った。 「そう、あいつらはもう家族だから、皆で来てくれるってよ」 「そうなんだね。じゃあ、私も元気な赤ちゃんを見せられるように頑張らないと」 「じゃあ、おやすみ」  20時……面会終了時間。    みちゃんの手を最後にもう一度ギュッと握りしめて、病室を後にした。  明日が、もうすぐそこまで来ている。   俺が父になり、みっちゃんが母となる日が間もなくやってくる。  21時に函館空港に瑞樹達が到着するから、今頃空の上か。  瑞樹……今日は市内のビジネスホテルに一泊すると言っていたな。  俺が迎えに行って実家に今日から泊まってもらいたい気持ちには、蓋をした。  瑞樹はもう俺が迎えに行ってやらなくてもいい。  そういえば自分の結婚式の日も迎えに行ってしまったんだよな。  高校時代のストーカー事件以降、瑞樹はここを離れたがっていた。だから俺も後押ししたのだ。東京に行け、行っていいと。  あの頃は気付かなかった。瑞樹が困っていたのは、ストーカーだけでなく、弟の潤も含んでいたことを。  何度も何度も帰って来い、旅費なら出してやるから顔を見たいと願うと……潤が修学旅行や合宿のタイミングで、瑞樹は漸く帰省した。 『兄さん……お願い。空港まで迎えに来て』  蚊の鳴くような声で……滅多に甘えないお前が俺を頼ってくれるのが嬉しかったな。空港の到着ロビーで待っていると一際可憐な子がやってくる。皆に自慢したくなるほど可愛い弟だった。  って俺、またこんなこと思い出して……はぁぁ~ まったくブラコンもいいところだ。 「さぁ、帰ろう。俺の家に」  瑞樹に誇れる兄でいたい。  いつもそう願っている。  **** 「いらっしゃいませ。おもちゃをどうぞ」 「わぁ、おもちゃ!」  芽生くんが客室乗務員の方におもちゃの入った籠を差し出されて目を輝かせていた。 「お兄ちゃん、まよっちゃう~」 「好きなのにしていいんだよ」 「うん! じゃあこれにする」 「パズルだね」 「そうだよ。お兄ちゃんと遊びたいな」 「いいよ」  飛行機に乗ってシートベルトサインが取れると、空港で買ったカツサンドを食べた。宗吾さんはビールを別料金で頼んでいたが、僕はやめておいた。昔から少し乗り物酔いしやすいからね。  そして宗吾さんは食事を終えると、僕にもたれて眠ってしまった。   「お兄ちゃん、あのね……」  芽生くんが腰をもぞもぞしている。 「お兄ちゃん、トイレに行きたくなったけど、芽生くんも一緒に行く?」 「行く! えへへ」  芽生くんはとても嬉しそうに、僕の手を握ってくれた。 「よかったぁ。ひこうきのトイレって音がこわいんだぁ」 「分かる。ズボッとお尻が吸い込まれそうになるよね」 「えへへ。お兄ちゃんもそう思う?」 「僕も小さい頃、怖かったよ」 「よかったぁ、お兄ちゃんもいっしょ!」  飛行機のトイレは狭くて大変だったが、一緒に入った。芽生くんもがんばって濡らさないように、踏ん張っていた。 「そうそう、上手にできたね」 「お兄ちゃんもね」 「くすっ」 「パパとふたりだった時はたいへんだったよ。でもパパもがんばってたよ」 「うん。そうだね。分かるよ。パパも頑張ったよね」 「でもパパってば、今日はもうグーグーだね」 「それそれ!くすっ」  狭いトイレで笑いあったら額をゴツンとぶつけて、また笑ってしまった。 「もう出ようか」 「うん、おでこをゴッチンコしちゃったねぇ」 「うんうん」  席に戻ると宗吾さんが起きていた。 「瑞樹、トイレ行ってたのか。ありがとうな」 「いえ、宗吾さん、少しお疲れでは?」 「君だって仕事帰りだろ。今度は君が休めよ」 「でも、ワクワクして眠れそうもありません」 「そうか」  三人で芽生くんのもらったパズルをした。  パズルは、飛行機の写真だった。 「わぁ、三人でさがすと、早いね」 「そうだね。力を合わせるとすごいね」 「うんうん」  どうしよう……こんな他愛もない日常会話が愛おしくて、愛おしくて……溜まらないよ。  学生時代、社会人になってからも何度かは帰省した。広樹兄さんにいい加減に帰って来いって怒られるまで帰らなかった僕だった。  ひとりで飛行機に乗って故郷に向かう。それが怖かった、緊張していた。  だからいつもなら言わない甘えたことを、広樹兄さんには言ってしまった。 『兄さん……お願い。空港まで迎えに来て欲しい』  懐かしい、優しい思い出だ。  兄さんはいつだって花屋のワゴンで飛んで来てくれた。  いつもいつも故郷で僕を守ってくれた優しい兄だった。  だからこそ、兄さんのピンチには役に立ちたいのだ。  この僕が――  明日、明後日の店番は任せて。  兄さんは心置きなく、出産に立ち会って―― 「瑞樹、もうすぐ明日だな。明日には君も変わるな」 「くすっ、そうですね。なんだか照れ臭いですが、あの……赤ちゃんにとって……叔父になります」 「うぉぉ新鮮だ。初めて叔父になった君を××……」  宗吾さん自ら口に手を当てて、ジタバタと焦っている。  もうっ――憎めない人。 「お兄ちゃん、パパがあばれているけど気にしないでね」 「くすっ、そうだね。もう慣れっこだよ」 「おい、慣れんなよぉ~」 「もう、宗吾さんお静かに」  さぁ、シートベルトをしよう。  さぁ、僕の故郷に降り立とう。  北の国――    僕が生まれ育った大切な大地に。    
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