北国のぬくもり 4

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北国のぬくもり 4

「瑞樹、本当にビジネスホテルで直行でよかったのか」 「はい。お母さんはぎっくり腰で横になっているし、兄さんはきっと明日のことで緊張しているから……今日はやめておきます」 「うーむ、だが、皆、瑞樹の顔を一目だけでも見たいと思っているんじゃないか」 「……明日の朝には会えますから」  函館旅行のスケジュールを詰めた時、瑞樹から実家には泊まらずビジネスホテルにしたい言ってきた。その通り、市内の瑞樹の実家の花屋までは徒歩5分の場所にあるビジネスホテルを押さえたのだ。  空港から真っ直ぐチェックインすると瑞樹が言うのでタクシーに乗ったが、俺の一存で葉山生花店の前で停車してもらった。 「あの……なんで?」 「瑞樹、一瞬でいい。無事着いたと、顔だけでも見せてやれ」  そこで瑞樹がはっと顔をあげた。   「あ……はい。じゃあ行ってきます」 瑞樹がインターホンを押すと、ドタバタと音がして扉が開いた。  ほらな! 絶対に広樹は瑞樹に今晩会いたがっていたはずだ。もしも俺が瑞樹の兄だったら、やはり同じ函館にいるのなら一瞬でいい、顔を見て無事の到着を確認したいと思うさ。 「瑞樹!」 「兄さん!」  むぎゅっと、瑞樹が広樹に抱きしめられる。ははっ、相変わらずのブラコンブラザーズの恒例行事だな。 「兄さん、ただいま」 「コイツー、やっぱり寄ってくれたのか。可愛い奴だ」 「も、もうっ、髭がくすぐったいよ」  デレデレな会話が聞えてきて、俺と芽生も顔を見合わせて微笑みあった。 「パパ、お兄ちゃんすごくうれしそうだね」 「そうだな。いい顔をしているな」 「お兄ちゃんがニコニコしてると、ボクのここもポカポカだよ」  芽生が自分の胸を押さえて、目を輝かせる。 「パパもだよ」 「ボクとパパで、お兄ちゃんのニコニコをずーっとずっと大切にしようね」  芽生が小指を差し出したので、指切りをして約束した。   「じゃ、兄さん、明日は花市場に僕も行くよ。4時に来ればいい?」 「俺が行くよ。ホテルの下に車を停めておくから」 「分かった。兄さん、お母さんにも一目だけ会っていい?」 「待っていたよ。今日は会えないと告げたら、がっかりしていたから喜ぶよ」 「じゃあ上がらせてもらっても?」 「もちろんだ。ここは瑞樹の実家だぞ」  瑞樹が中に入るのと入れ替わりに、広樹がタクシーの所までやってきた。 「宗吾、今回はありがとうな」 「いや、きっと瑞樹の顔を見たいと思って」 「やっぱり宗吾はすごいな、そういう所が本当にいいな。瑞樹を安心して任せられる」  俺たちはニカッと笑いあって、ハイタッチした。 「広樹、いよいよ明日には父さんだな」 「あぁ、なんだか夢みたいな気分だよ」 「分かる! 俺たちも全力で応援しているから、頑張って来い」 「サンキュ!」  **** 「お母さん!」 「まぁ、瑞樹なの」  居間の三人掛けのソファに、お母さんは横になっていた。 「明日と思ったけど……宗吾さんが顔を見せてこいって言うので……僕も会いたくなって寄ったんだ」 「まぁ、瑞樹は正直で可愛いわね。アイタタ……」 「だ、大丈夫?」  お母さんが腰を押さえて痛そうな顔をしていたので、僕の方から手を伸ばし、ギュッと握ってしまった。  あれ……? こんな風にお母さんに触れるのはいつぶりだろう。  10歳という微妙な年齢で引き取られた僕は、気恥ずかしさもあって手を繋いだことなんて記憶にないのに。 「あ……突然、ごめんなさい」 「ううん、嬉しいわ。瑞樹、やっと繋いでくれたのね。あぁ……ごめんね。成人した息子に気持ち悪いことを」 「気持ち悪くなんてないよ。むしろ僕も……やっとお母さんと触れ合えた」  長い長い遠回り。  お母さんは引き取ってもらった時から両手を広げてくれていたのに、僕が素直に甘えられなかったのだ。 「腰、どう?」 「だいぶいいのよ。でも明日明後日は瑞樹にお店のこと全部任せてもいい? 明日は頑張って初孫に会いにいきたいし」 「うん、僕に……僕に任せて欲しい」  お母さんにも……ずっと迷惑をかけて心配をかけてばかりの僕だった。  その僕に店の全てを任せてくれると言われるのは、想像以上に嬉しいことだった。 「瑞樹……あなた、また一段と可愛くなって、宗吾さんと上手くいっているのね」 「うん……僕、とても幸せなんだ」 「それをあなたの口から直接聞けて嬉しいわ。さぁもう戻りなさい。宗吾さんが待っているわよ」 「わかった。お母さん……身体を大事にして」  握った手を離すと、寂しさより優しいぬくもりが残っていた。 「おやすみ……瑞樹、また明日ね」 「お母さん。おやすみなさい」  優しい、優しい夜だった。 「宗吾さん、お待たせしました。ありがとうございます」 「な、行って良かっただろう?」 「はい!」  北の国はもはや僕にとって、冷たく寂しい場所ではなく、優しいぬくもりを感じる場所になっていたのだ。  それを知る夜だった。   
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