北国のぬくもり 6

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北国のぬくもり 6

 明け方……自然に目が覚めた。  ホテルの時計の針は早朝4時を示していた。  よし! 今日は兄さんがお父さんになる日だ。  僕も精一杯手伝おう!  むくりと身体を起こすと、手首をグイッと引っ張られた。 「わっ! 宗吾さん、もう起きていたんですか」 「あぁ、もう行くのか」 「えぇ、今日は花の仕入れに行く前に少し下準備もあって……」 「大変だな」 「頑張ります。あの……します?」  あっ! しまった。肝心な言葉が抜けた! 「え! 瑞樹~ 嬉しいが今日は時間ないだろ? いやぁ君にしては大胆な誘いだな」 「ち、違いますよ。もう静かに……シテ下さい」 「シテって……えっ! 静かにならいいのか」 「あぁぁぁ……」  宗吾さんが愉快そうに肩を揺らすので、恥ずかしくて枕に顔を埋めてしまった。 「瑞樹、冗談だよ。さぁ起きて。しかし(うなじ)まで赤くして色っぽいな」 「も、もう――」  項を指でなぞられ、そこにキスをされて、ズキンっと下半身が疼いてしまった。 「あ……っ」 「コラ、変な声、出すなよ」 「宗吾さんのせいです!」  怒ろうと思ったら唇を重ねられた。  チュ、チュ、チュ、チュ!(お、は、よ、う!) 「おはようのキスは忘れんなよ」 「はい、宗吾さん、おはようございます」 「瑞樹、おはよう」  宗吾さんが僕の目元をじっと見つめ、ニカッと笑ってくれた。 「少し腫れちゃったが、元気になったみたいだな」 「あ……はい!昨日はすみません」 「大丈夫だよ。あれ、ここも元気に?」  パジャマの上から股間を撫でられて、顔がまた真っ赤になってしまった。  僕だって健全な普通の性欲のある男だから、朝からあんな風に触られたら……あぁぁもう何を考えて。 「き、着替えてきますね」 「珈琲でいいか。パンも買ってあるから、ちゃんと食っていけよ」 「ありがとうございます」  宗吾さんはこういう時、とても気が利いて頼もしい。少しヘンタイさんなのがアレだけれど……まぁ僕も同類? だからいいのか。いやいや良くない。これ、一刻も早く鎮めないと、兄さんに格好悪くて会えないよ。  顔を洗いワークパンツとポロシャツを着た。今日は思いっきり身体を動かすからこんなラフな格好がいい。 「お、レア瑞樹誕生だな。カジュアルな服を着ると、まだ学生さんみたいに可愛いな」 「も、もう――」  それでも珈琲を飲みながら、今日の仕事の段取りを考えていると、次第に高まりも収まってきたのでホッとした。やはりこういう時は仕事モードに限る。  ふと、こういう時もしも僕がお坊さんだったら……読経でクールダウンするのかな? なんて思うと楽しい気分になってしまった。 「宗吾さん、あの、夏休みには江ノ島に行きませんか。菅野の実家がお土産物やさんなんです」 「へぇ、いいな。あ、じゃあ江ノ島まで行くのなら、北鎌倉にも寄るか。久しぶりに洋くんたちに会いたいな」 「行きたいです! じゃあ夏休みにぜひ。早速今度連絡をしてみます」 「あぁ、次の楽しみが出来たな」 「はい! じゃあ行ってきます。あの……後で来て下さいね」  最後は僕から宗吾さんに抱きついて甘えてしまった。 「もちろんさ。ほら、エプロンも持って来た」 「わ、用意周到ですね」 「今日の俺たちは、花屋さんだな」 「あ、それいいですね。せっかくの機会ですし、楽しみましょう」 「可愛い……」 「えっ?」 「今日の瑞樹は明るくて前向きで可愛いぞ」  チュッと最後におでこにキスをされて、送り出された。    ロビーに降りると、すぐに兄さんが運転する葉山生花店の白いバンが見えた。 「兄さん、おはよう!」 「おー、瑞樹、今日はよろしくな」 「うん!」  昨日部屋で悲しくて寂しい涙を流しておいて良かった。今日はおめでたい日になるのだから、嬉し涙を流したいよ。 「兄さん、何時に病院に行くの?」 「手術が10時からだから9時前には行くよ」 「分かった。あとは僕に任せて」  トンっと自分の胸を叩くと、兄さんの目がじわっと潤んだ。 「みずきー、お前からそんな言葉を聞けるとは」  兄さんにおもいっきり抱きしめられて、髭があたって擽ったい。 「ちょっ……兄さんってば! もう……赤ちゃんが生まれたら髭は駄目だよ。痛いよ」 「え? 瑞樹も痛いのか」 「僕は擽ったいよ、あはっ!」  思わず笑い声まで漏れてしまう。 「くすぐったいのか。じゃあもっと笑えー!」 「わわっ!」  狭いバンの中で、兄さんと戯れ合った。  兄さんのにおいに、少しだけ切なくなった。  引き取られてすぐ……悪夢にうなされる度に、兄さんが布団にいれてくれて抱きしめてくれた。家族を失い、どこに掴まったらいいのか分からなくなってしまった僕にとって、兄さんは心の支えだったよ。 「兄さんがいなかったら、今の僕はいないよ。ありがとう。兄さんは絶対にいいお父さんになれるよ」 「そ、そうか。瑞樹のお墨付きなら安心だな。よーし、出発するぞ」  車のエンジン音と共に、今日という日が動き出す。  北の国は僕の故郷。もう大丈夫だ。胸を張って帰省できるし、胸を張ってここが故郷だと言えるよ。       
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