北国のぬくもり 16

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北国のぬくもり 16

「『ゆみちゃん』か……兄さん、とてもいい名前だね」  心からの想いを素直に伝えると、広樹兄さんは照れ臭そうにしていた。    「瑞樹にそう言ってもらえると嬉しいよ。正直、俺は男兄弟だったから緊張しているんだ」 「ヒロくん、大丈夫よ。優美ちゃんはきっと瑞樹くんみたいに優しくてキレイな子になるわよ」 「え? 駄目ですよ。だって僕、男ですよ?」  みっちゃんの台詞にギョッとして、思わず否定してしまうと、笑われた。 「ははっ、瑞樹~ それは誰もが知っている事実だぞ! この場合は外見でなく内面、つまり『こころ』のことだろう」 「あっ!」  宗吾さんに言われて、今度は僕が赤面してしまう。  広樹兄さんが腕組みして、低く唸った。 「うーむ、最近の瑞樹は早とちりが多くなったような……宗吾の悪い影響か」 「え? いや、そんな」 「まぁいいや。お前が明るくなったのが、兄さんは嬉しいよ」 「う、うん」  広樹兄さんには、いつもはもっとヘンタイな早とちりばかりしている、なんて死んでも言えないよ! 「すみません、ご歓談中」 「はい」 「赤ちゃん、目が覚めたのでお部屋にお連れしましょうか」 「ぜひ! それから名前が決まったので」 「まぁ、なんと?」 「優しいに美しいと書いて『優美(ゆみ)』です。よろしくお願いします」  わぁ、本当にゆみちゃんになったのだ。  改めて感動してしまった。  まさか芽生くんが書いた花言葉から名前が決まるなんて。葉山生花店に生まれた女の子の名前の由来が、誕生花の花言葉からだなんて素敵だね。芽生くんと宗吾さん、そして僕にとっても特別な存在の女の子になりそうだ。  葉山の家との縁が途切れないことが、心から嬉しかった。    暫く部屋で待っていると、ゆみちゃんが看護師さんに抱かれてやってきた。 「さぁ、ゆみちゃんですよ」 「ふぎゃぁ……ふぎゃ」    まずはみっちゃんが抱っこする。するとゆみちゃんは大きな目を見開いて、みっちゃんの胸元に顔を押し当て、口をパクパクさせた。 「授乳が先ですね。じゃあカーテンを閉めます」 「あ、あの……僕たち外に出ていましょうか」 「瑞樹くん、気にしないで。カーテンをするから大丈夫よ。お部屋で待っていて」 「はい」  少しドキドキしてしまった。  そして広樹兄さんとみっちゃんとゆみちゃんがカーテンの向こうに消えていく様子を、芽生くんがじっと見つめていた。  芽生くんは感受性豊かな子だから、こんな光景を見たらママが恋しくなってしまうのでは。君はまだ六歳になったばかりだ。正直……三歳までしか、ママといれなかったのは寂しいことだと思う。ただし……玲子さんはちゃんと生きていて、会おうと思えば会える距離にいるが、芽生くんから会いたいという言葉はここ最近聞いていない。  大丈夫なのかな? もっとこちらから気に掛けた方がいいのかな?  あまりにいい子過ぎて、たまに心配になってしまう。  いつも君には笑っていて欲しいから、僕ができることを……僕なりの愛情を注いでいきたい。 「お兄ちゃん……あのね」 「何かな?」 「おのど、渇いたな」 「何か買いに行こうか」 「うん!」 「宗吾さんと潤も何か飲みますか」 「あぁ、一緒に買いに行こう」  赤ちゃんがちゅっちゅと胸を吸う音がして、流石に少し気まずくなったのでいいタイミングだった。フロアにある歓談コーナーには、自動販売機が設置されていた。     「芽生くん、何を飲もうか」 「……」 「あれ? ここには欲しいのない?」 「あのね……甘い……ミルクがいいなぁ」 「あ……」  母乳の甘い匂いが呼び水になったのか、芽生くんがついぽろりと漏らした言葉に切なくなった。 「お! そうだ、芽生坊、オレいいもん持ってるぜ。ほら、これやるよ」 「これ、なあに?」 「お土産だよ。甘ーいミルク味だぞ」   『軽井沢高原ミルクキャラメル』と、袋には書かれていた。 芽生くんが小さな赤い舌をペロッと出して舐めると、すぐに笑顔になった。 「甘い~!」  良かった。気が紛れたみたいだ。  そういえば……ミルク味はママの味って言うもんな。   「潤、ありがとう」 「ちょうどいいタイミングだったな」 「うん」  宗吾さんがそっと肩を抱いてくれた。   「瑞樹、大丈夫か。もしかしたら……芽生にはまだ母親恋しい瞬間があるのかもしれないな」 「そうですね」 「芽生さ、実はなかなか乳離れ出来ない子供だったんだ。だから、急に離婚してしまい、成長の通過儀礼をし損ねているのかも。ふとした瞬間に、本能的に求めてしまうのかもな」     宗吾さんは真剣な眼差しだった。 「さて、気持ち切り替えるか」 「あ……はい」 「芽生、旨そうだな。パパも食べたい」 「いいよ、パパもあーん」  芽生くんが宗吾さんに食べさせてげた。 「お兄ちゃん、これとても甘くておいしい~、ボク、こういう味すき」 「よかったね」 「おにいちゃんにもアーン!」  わわわ、それ、僕もやるの? 「う、うん。じゃあ、アーン」  口に含めば、ミルキィな甘さが広がっていく。  吐息が甘くなり、僕達が話すと甘い匂いが広がっていく。  母に包まれているような優しい甘さは、僕たちの気持ちを和らげてくれるね。 「お兄ちゃん、もう、ゆみちゃんに会えるんじゃないかな?」 「そうだね。行ってみよう!」    
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