湘南ハーモニー 11

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湘南ハーモニー 11

日除けシェードの中で、休ませてもらった。 「涼くん、少し横になるといいよ」  洋兄さんの友人だという男性が、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。  確か瑞樹って呼ばれていたな……綺麗な名前だ。  ビーチマットの上に清潔なバスタオルを引いてくれ、綺麗に畳まれた着替えも置いてくれた。  彼からはふわりと清楚な花の香りが漂っていた。  流石洋兄さんの友人だ……顔も身体も心も綺麗な人だな。 「あの……ありがとうございます」 「洋くんが迎えに来るまで、ここは僕たちが君を守るから大丈夫だよ。ゆっくりしてね」  何ていい人なのだろう。  今日の仕事はとても辛かった。  どうしても断りきれなかった水着撮影。上半身は裸体、タイトな水着姿で波打ち際で肌を晒していると、ギラギラした女の子達の視線と、ニヤニヤした男性の視線が混ざりあって急にぞくりと怖くなった。  ふと……あの夏、サマーキャンプでの事件を思い出して、ブルッと震えてしまった。男なのに男に襲われそうになった過去……未遂で終わったが恐怖でしかない出来事だった。あぁ……久しぶりに思い出してしまったよ。 「疲れた……」  疲れているからだ。  安志さんに会えない日々が、最近長すぎる。  僕……とても疲れている。 「くっ……」  急に悲しみが増し、視界が滲んできた。  横を向いて身体を丸め……膝を抱えて……最後に泣いてしまった。 「うっ……う……」  外からは楽しそうな声が聞こえてくる。  子供の可愛い声と優しそうな瑞樹さんの声。  その声が呼び水となり、突然ホームシックになってしまった。 「パパ、ママ……」  ニューヨークに暮らす両親を呼び、その後…… 「洋兄さん、丈さん……」  最後に最愛の人の名を口にした。 「安志さん――、安志さんに会いたいよ。僕も思いっきり泳ぎたい、太陽の下で笑いたい。安志さんと一緒に普通の大学生として……海で遊びたい」  子供みたいに駄々を捏ねてしまう。  モデルになったのは僕の意志なのに、こんな弱音吐いちゃ駄目だ。  どれも今の僕には出来ないことばかりだ。  諦めろ!  自嘲的に笑って目を閉じると、急激な眠気に襲われた。  バスタオルからほのかにアロマの香りがして、心が一気に凪いでいく。 ****  ハァハァハァ――  水色のシェード、『かんのや』    ここだな! ビンゴ!  中に涼がいるのか!  シェードが閉ざされていたので乱暴に手をかけようとした時、俺の腕をグイッと掴む男がいた。 「なんだ?」 「STOP!」 「誰だ? あんた」 「えっ、宗吾さん、どうして止めるんですか」  なかなかガタイのいい年上の男性、その横には清楚で可憐な印象の男性が立っていた。 「君が涼くんの大切な人だな? まぁ、ちょっと待てよ。深呼吸してから入れ」 「え?」 「だって君、すごい形相だ」 「だって、アイツが無理ばかりするから!」 「その調子で彼を叱るつもりか」 「あ……」  こんなに心配させて、ろくに連絡してこないで。頑張り過ぎる涼だって知っているのに……いろんな感情がごちゃ混ぜだった。  こんな風にひとりで倒れて、危なっかしい。何かあったらどうする?  そんな風に問い詰めるつもりだった。 「君の彼氏は……今、とても疲れている。そんな乱暴に問い詰めたら駄目だ。今の君はまるで熱湯だぜ! 大切な人に火傷を負わせる気か。ちょっとクールダウンしろよ」  その言葉にハッとした。 「はぁはぁ……やっと追いついた。あぁ良かった。安志(あんじ)、宗吾さんの言う通りだよ」  背後に、洋の声が聞えた。 「洋くん!」 「瑞樹くん! 僕の従兄弟を助けてくれてありがとう」    なるほど、あの清楚な男性が、洋の友人なのか。  彼はとても綺麗な容貌で、しかも不思議なことに心が落ち着く花のような香りがしたので、心が凪いできた。 「あの……これを使ってください。すごい汗なので」 「あぁ、すみません」  海に似つかわしくないブラックスーツにネクタイ姿。  全速力でここまで来たので、額から汗が噴き出ていた。  差し出されたハンドタオルで汗を拭くと、清涼感のあるアロマの香りに包まれた。 「いい匂いだな」 「ラベンダーとミントです。心がクールダウンしますよ」  ニコッと微笑む笑顔に、本気で癒やされた。  妖精? 天使? 「おい、君さぁ、瑞樹のこと見過ぎ」 「イテッ!」 「そ、宗吾さん、初対面の人に乱暴は駄目ですよ」  慌てて妖精が止めに入る。  宗吾さんという人は人懐っこい笑顔で今度は肩を組んできた。 「君が洋くんの親友だろ?」 「なんで、分かって」 「はは、顔にかいてあるぜ」 「洋くんの親友ということは、俺たちの友人だ。はじめまして~えっと、安志くんでいいのか。俺は滝沢宗吾、こっちが俺の大切な人、瑞樹だよ」  面白い! 二人ともそれぞれ、心を掴むのが上手な人だな。  洋の友人だからもしかしてと思ったが、こちらも同性同士で付き合っているらしい。  では、ここでは何も隠すことないのか。  ん?   子供が俺の足下にしゃがみこみ、砂をせっせとかけているのに、その時になって気付いた。 「おいおい、坊やたち、何してんの?」 「パパがストップっていったから、えーとえーと足が動かないようにしてんだ」 「へぇぇ」  おい、子供の発想って可愛いな!  どうやら、ここには家族の和やかな休日が広がっているようだ。 「よーし、お兄さん、深呼吸するぞぉ。スーハースーハー」 「え? お兄さんだったの?」 「……お兄さんです」  ううう、洋と比べちゃいけないぜ! 「もう、いいかな?」 「パパ、どうかな」  宗吾さんという人が、白い歯を見せてニカッと笑う。 「ほら、行って来い。美しい眠り姫が待っているぞ」  シェードの前に立つと背中をドンっと押され、つんのめるように中に転がった。  俺の今日のポジションは、王子さまなんですけど!! あとがき(不要な方はスルー) ****  現在……『重なる月』の安志&涼カップルとクロスオーバーしながら、夏休みらしい旅行物語になっています。  安志と涼は『重なる月』https://estar.jp/novels/25539945の中で、番外編として出ているので、未読でしたら、そこだけを読まれても楽しいかもしれません。もちろん『重なる月』未読の方にも分かりやすく書くようにしていますが、分からないことがあったら気軽に聞いてくださいね。  先日開催しておりました、投票アンケートの抽選結果が出ています。 私のエッセイ『しあわせやさん』https://estar.jp/novels/25768518からご確認下さい。      
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