湘南ハーモニー 15

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湘南ハーモニー 15

「葉山のサーブだぞ」 「あぁ!」  ネットの向こうで、芽生くんがニコニコと手を振ってくれた。 「お兄ちゃん~! 次ははゆうとくんの番だよ」 「だ、だいじょうぶかな。めいくん」 「大丈夫さ! こわがらないで、大きく手をひろげてキャッチだよ~  お兄ちゃんのボールは痛くないんだ」  か……可愛い。可愛すぎるよ。  幼い二人の会話が聞えてきて、つい悶えてしまった。 「瑞樹くんは、小さい子供が大好きなんだね」 「うん。あ……洋くんは?」 「んー、俺は子供に慣れていなくてね」 「じゃあ、次は洋くんがサーブをしてみようよ」 「お、俺が?」  洋くんがギョッとした表情をする。   「サーブなんて、無理だよ。空振りで終わりそうだ」 「大丈夫。サーブといっても優しくゆうとくんとキャッチボールする感じで。さぁ、投げてみて」 「あぁ、それなら出来そうだ!」  洋くんがフッと息を吐いて、それから本当に優しく心をこめて、ゆうとくんに向けてボールを投げた。大きく手を広げたゆうとくんの胸元に、ボールは見事に収まった。 「ゆうとくん、ぎゅっとして」 「うん!」  芽生くんとゆうとくんは、ふたりで仲良く尻もちをついてしまったが、大成功だ! 「できたー! ようくんありがとう~」 「ようくん、すごい~」  二人の子供に感謝され、褒められ、洋くんは美しい顔を朱に染めた。僕も照れると顔が赤くなるが、洋くんは僕より色白なので顕著に目立つ。    そんな僕たちの様子を、宗吾さんと丈さんが目を細めて見つめていた。  目が合えば、伝わる。 『瑞樹、良かったな』 『はい!』  こんなに賑やかな夏の海は初めてだ。僕が海に遊びに来たのは、いつぶりだろう? 「あっ……そうか……」  一馬とふと立ち寄ったのは、冬の海だった。凍てつく曇天の下、光を失った海が広がっていた。 『僕は夏を迎えるのが……怖いんだ』 『俺たちに……夏はやってこない』  まるで一馬との恋の行方を暗示していたかのように、桜が散り終わると間もなく……僕たちの恋も散った。  桜が満開の坂道を何度も肩を並べて上り下りしたのに……もう来年はやってこないことを悟った。  何故、今更……何故、また思い出す?  こんな場所で、まだアイツのことを?  もう由布院で昇華した思いなのに。   「瑞樹、どうした?」 「あ……あの、なんだか……いろいろと……」 「……少し洋くんと休んでいろ」 「あ、はい」  再びコートに宗吾さんと丈さんが入ったので、僕は洋くんと肩を並べて、ぼんやりと座った。 「瑞樹くん、あの、大丈夫?」 「ごめんね……」 「俺で良かったら話して」 「……実は僕は……宗吾さんと出逢う前は、七年間も付き合った人と同棲していたんだ」 「……そうだったのか」 「アイツは女性と結婚する道を選んだから……僕……別れて、その後宗吾さんと出逢って」  洋くんには、包み隠さず全て正直に話した。 「僕……今まで、こんなに綺麗な海を見たことがなくて、アイツとは真冬の海だけだったと思うと、今、幸せで……少し怖くなった」 「瑞樹くん、どうか怖がらないで……俺もずっと怖かった。俺の場合は、一緒にいたくない人と過ごさないといけなかったんだ……10年以上もね。今でもふとした瞬間に思い出すよ。あの頃は、幸せが眩しかった」  幸せが眩しいか……分かる、分かり過ぎるよ!  僕の場合、一馬との七年間はアイツに守られた世界だったが、洋くんはそんなにも長い間……恐怖と孤独に震えていたのか。 「もう眩しくない?」 「だいぶ慣れたかな。こんなにも幸せな日常があるのかと、しみじみしている」  洋くんは美しいアーモンドアイを眩しそうに細めた。 「でも、眩しいけれども……これが今の俺の世界なんだ」 「あの……幸せ過ぎて怖くならない?」  思い切って洋くんに聞いてみると、彼はじっと僕の顔を見つめた。 「瑞樹くんと俺は似ているな……本当に」 「やっぱり」 「君と俺は、思い詰めやすい性格なのかも」 「そうかもしれない」 「瑞樹くん……空は青く、海も碧い。こんなに綺麗なもので満ちあふれているんだ。もっと楽しみたいよ」 「うん」  過去の昇華に、道標はない。あるのは得体の知れないポケットや扉ばかり。だから時々、不安になる。 「瑞樹、どうした? 不安そうだな」 「宗吾さん」  宗吾さんが、僕と洋くんに間にドスッと座った。   「二人とも不安そうな顔をしているな。そんな時はさ、道標になりそうな人を見つめていろよ。瑞樹の場合は俺で、洋くんの場合は丈さんだろう?」 「あ……はい」 「そうそう! その調子だ。瑞樹も洋くんも眩しいくらい綺麗だぜ」  宗吾さんが僕と洋くんの肩を抱いて笑えば、洋くんが笑った。 「滝沢さんって、いい人ですね。明るく豪快だな」 「え?」 「でも、俺は丈のことが一番いいですけど!」  洋くんは朗らかに笑って、するりと宗吾さんの手をすり抜けて、丈さんの元に駆け寄って行った。その背中には、天使の羽が生えているように見えた。 「丈、サーブの仕方を教えてくれ」 「珍しいな、洋からそんな台詞」 「俺も挑戦してみたい。避けて……逃げていたことから」  二人の会話を心地良く聞いていると、宗吾さんにまた心配そうに覗かれた。 「瑞樹は、もう大丈夫か」 「はい! 一瞬……過去に引き摺られそうになりましたが、宗吾さんの言うように過去には道標がなく、迷い込むと大変そうです。だから僕はいつも宗吾さんだけを見つめています」 「よかったよ! 君の元気がないと、本気で心配になる」 「あの、一緒に海に入りませんか」 「あぁ、そうしよう、皆も入りたくてウズウズしているよ」  安志さんと涼くん、丈さんと洋くん。  僕と宗吾さんと芽生くん。菅野とゆうとくん。  皆、手を繋いで、波打ち際に向かって走り出した。    大きな波が来ても、身を委ねて、力を抜いて……乗り越えよう!  僕はもう一人ではない。  だから、きっと越えられる。  時折思い出す過去も、越えていきたい。    別れと出逢いは重なって、どんどん離れていく――  Let's dive into the sea!
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