湘南ハーモニー 17

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湘南ハーモニー 17

夕日に照らされた宗吾さんの横顔が、精悍で格好良くて、「瑞樹」と名を呼ばれた途端、僕の方から彼の胸に飛び込んでしまった。  どうしよう? 心から好きが溢れてくるよ。  僕に新しい世界を見せてくれる宗吾さんが好きだ。  菅野と一緒にテキパキと場を仕切り、焦った安志くんをビシッと正してくれたのも良かった。  宗吾さんの大人な態度、対応に、僕の中の宗吾さんが好きの度合いが、また増した。    日が暮れた海岸には、人もまばら。  僕たちはしっかりと抱擁しあった。  宗吾さんの胸に頬をあてると、彼の鼓動もまた早くなっていた。 「瑞樹、甘えてくれて嬉しいよ。たまにはこんな大人時間もいいな」 「すみません。芽生くんを待たせているのに」 「瑞樹、今は俺のことだけを考えてくれ」  宗吾さんが僕の顎を掴んで、空を見せてくれた。  夜空には、いつの間にかキラキラと星が瞬いていた。  「キスしよう」 「はいっ」  僕たちは身体だけでなく心も歩み寄り、幸せなキスをしあった。 「んっ……」 「あっ……あっ」  とても官能的で想いの丈を込めたキスだった。 **** 「芽生坊、ほら、刀剣とか、色んなおもちゃもあるんだよ。何か好きなものを買ってやるぞ」 「わぁ~、いいの?」  カンノくんのお店は、おもちゃ箱みたい。 756a5160-d07a-4c24-88c5-1cf1a5d0c37a 0e6bef96-1228-4a26-8c39-fe9f278a5ef4 (画像提供 auさん)  おいしそうなおかしや、おもしろそうなおもちゃに、ぬいぐるみ……なんでもあるよ。  でも刀はお兄ちゃんに買ってもらったのがあるし、ぬいぐるみは憲吾おじさんにもらったし、ゆめの国でも買ったんだ。さぁ、どうしようかな? 「あ、あれは何?」 「あぁ貝細工か」 「キレイ~」 「耳にあててごらん」 「なんで?」 「波の音がお持ち帰りが出来るんだよ」 「えぇ!」  カンノくんがボクの耳に貝を当ててくれると、本当に波の音がした。  シー、ゴー、ザー、ザー 「わわわ! どうして? 貝がらに海が入っているみたいだよ!」 「気に入ったか」 「これにする! あー、早くお兄ちゃんとパパ、帰って来ないかな」  はやく教えてあげたい! 「お、噂をすれば、戻ってきたぞ」 「おかえりなさい!」  ボクは、かけだしてお兄ちゃんとパパに向かって手を広げた。    「おぅ! 芽生、いい子にしてたか」 「芽生くんにお土産を買って来たよ」 「え?」  お兄ちゃんがそっと手にのせてくれたのは、きれいなピンクのさくら貝だった。 「キーホルダーになっているんだよ」 「わぁ~すごくキレイ! ありがとう! うれしいよ! あのねあのね、僕もお兄ちゃんにこれっ!」 「え? どうしたの?」 「あのね、カンノくんが買ってくれたの」 「そうなんだね? 菅野、いいのか?」  菅野くん、ニコニコしてくれていたよ。 「もちろんだよ。芽生坊は賢いな。おもちゃより貝がいいって」 「これならお兄ちゃんといっしょに楽しめるから」  ボクはお兄ちゃんの耳に、貝殻をあててあげた。 「お兄ちゃんにもきこえる?」 「うん、聞こえるよ、波の音がするね。まるで貝殻が海にいたのを懐かしんでいるようだね」 「わぁ~ お兄ちゃんのかんがえって、すっごくいいね」 「そ、そうかな?」    お兄ちゃん、ほっぺた赤くして、かわいいなぁ。 「これね、お兄ちゃんとボクの宝ものにしようよ」 「えっ、いいの?」 「うん!」  お兄ちゃんだいすき! 「へぇ、芽生坊と葉山は熱々だな」 「芽生~パパもいれてくれよ」 「うん! パパもね、あ、じゃあカゾクの宝ものにしよう!」 「やった、我が家の家宝が増えた」 「ほかにもあったの?」 「内緒だ!」 「そ、宗吾さんっ」  お兄ちゃんってば、もう真っ赤っか……  あっ、おばさんがエプロンをして出てきたよ。 「お帰りー、海は楽しかったかい?」 「うん、おおにぎわいだった」 「混んでいたんだね」 「うん。いっぱい人が集まって楽しかったよ~」  これは、ほんとだよ。    ヨウくんとジョウさん、アンジくんとリョウくん  カンノくんとゆうとくん。ボクとパパとお兄ちゃん。  今日の絵日記は、ぎっしりだ!  なんだかうれしいな。  にぎやかなのと、うるさいのって、違うんだね。  今日はね、人が集まれば集まるほど、ワイワイと楽しい気持ちがふえていったんだよ  **** 「さぁさぁ店じまいするから、中に入って~ 夕食をみんなで食べようね!」 「葉山、というわけで夕飯は我が家で食えよ。姉貴さ、こう見えても調理師免許も持っていて、料理上手なんだぜ!」 「ちょっと良介。こう見えてもは余計でしょ!」   夕食は全て、菅野のお姉さんのお手製だった。 「ほら、サザエのツボ焼きだよ」 「わぁ~。うずまき貝さんだ」 「生しらす丼もあるから、食べてみて」 「わぁ~ お魚がとうめいだ」 「どれも江ノ島名物なのよ」  どれも、江ノ島ならではの素材だった。  すると宗吾さんが僕をじっと見つめた。 「瑞樹、君は生しらす、食べられるか」 「あ、はい……」 「そうか、無理すんなよ。人間ひとつやふたつ苦手な食いもんあって当然だ」 「はい」  宗吾さんの言葉って、本当にいい。 「すみません。俺、ちょっと生しらすは苦手なんで、釜揚げにしてもらっても?」 「もちろんよ! 他に苦手な人は手をあげて」  あっ、どうしよう。  本当は僕も食感が苦手だ。頑張れば……食べられるけれども。 「瑞樹、いいんだよ。素直になれ」  宗吾さんが僕の手を、そっと机の下で握って促してくれる。 「あ、あの……すみません。僕もいいですか」 「おばちゃん、ボクもゆでたのがいいなぁ」 「了解! おばちゃん、釜揚げ名人だよ! 任せといて」  あ……すごい。僕もちゃんと自分の好みを言えた。  勧められたものを断るのが大の苦手なのに。 「瑞樹、よく言えたな。君はもっと心の中で思ったことを、口に出していいんだぞ」 「すみません、あっ」  また悪い口癖が。 「いいって。君が素直になってくれて嬉しいんだよ」 「……はい」  宗吾さんって、本当に気持ちを持ち上げるのが上手だ。  だから僕は変わっていける! 「宗吾さん、僕を変えてくれて、ありがとうございます」 「お、おう。俺も変わっているよ、瑞樹のお陰で……周りをよく見られるようになった」  熱々の釜揚げしらす丼は、ふわふわで美味しくて、笑顔が絶えなかった。  気持ちを分け合える相手がいるって、幸せだ。 
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