花明かりに導かれて 1

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花明かりに導かれて 1

  d68a1f08-5767-47cc-9ba1-3f7c3b9e3948 季節は巡り、三月。 「瑞樹、今日は遅くなるんだったよな」 「はい。カメラ教室なので」 「あのさ、林さんの所だから行かすんだぞ」 「あ……はい」 「とにかく気をつけて」 「分かりました」 「おっと、ちょっと待て」    玄関先で、最初は頬にチュッとキスをされた。 「あ、あの、もう、行かないと」 「もう少しだけ、あと1分……」  その後、顎を掬われ、唇にキスを落とされる。    芽生くんは一足先に登校していったので、家には僕たちだけだ。  だからキスがどんどん深くなっていく。  宗吾さんに包まれるようにキスを受けていると、いつも感じることがある。  ――まるごど愛されている――  大きな船に乗っているような安定感と安心感を感じる、居心地が良い場所がここだ。 「ふっ……うっ……」  困ったことに、スーツ姿の宗吾さんはかなり格好良くて、熱く求められるとクラクラしてしまうよ。 「ん……っ、ん……」  舌を差し込まれ絡まり合う深いキスをされ、身体がどんどん火照っていく。  だから唇を離されても、ぼうっとしたままで、宗吾さんの胸元にもたれてしまった。 「トロンとして可愛いな。怒った?」 「怒ってはいません……ですが、その……出社前に……困ります」 「感じそうになった?」 「も、もう――」 「瑞樹、週末が待ち遠しいよ」 「僕もです」  旅行中は例外で、普段は宗吾さんに抱かれるのは週末限定だ。  受け入れる僕の身体の負担を考えてくれ、大切にされている喜びを知る。 「ごめんな、がっついた」 「い、いえ……」 「濡れて色っぽい」     濡れた唇を、宗吾さんが照れ臭そうにハンカチで拭いてくれる。   「よし! 俺もなんとか静めた」 「くすっ、さぁもう行きましょう。遅刻ですよ!」 「ヤバいな。よしっ駅まで走るか」 「はい! 僕も負けませんよ」    今日も僕は宗吾さんと、前へ前へと進む。  いつも通り最寄り駅の改札で宗吾さんと別れて歩き出すと、菅野に声を掛けられた。 「葉山、おはよう!」 「おはよう! 菅野!」  小森君とお付き合いしている菅野の幸せオーラは、僕が蹴落とされてしまう程に目映い。 「管野、今日もご機嫌だな」 「分かるか。今日は、仕事の後、デートなんだ」 「熱々だな」 「寺の仕事は夕方終わるから、その……会いやすいんだ」 「いいね。そうか、管野は実家に戻ったんだよね。通勤、大変じゃないのか」 「こもりんと会える時間が増えたから、苦にはならないよ」  分かる。    好きな人と過ごす時間のためなら、人は空を飛ぶ鳥のように舞い上がり、愛しい人の元に舞い戻る。  僕もそうだから。  月二回の林さん主催のカメラ教室は、とても勉強になるし楽しいが、終わった途端に帰りたくなる。  仕事の後21時までの教室なので、帰り道はどうしても急ぎ足になる。  林さんに何度か飲みに誘われたが丁重に断ってしまうよ。  何故なら……  早く、僕の大切な家族に会いたくなる!  宗吾さんと芽生くんの顔が見たくなる! 「そういえば、不思議だよ」 「ん? 何が?」 「あんなに和菓子を食べているのに、菅野は全然太らないんだな」 「そういう瑞樹ちゃんだって、スリムなままだぞ」 「そ、そうかな?」  菅野は明るくて爽やかで、いい奴だ。  最近キリッとデレッを、繰り返しているが…… 「俺さ、実はそんなに食ってないんだよ。こもりんに食べさす方が楽しくて、つい自分の分もあげちゃうんだ」 「え? じゃあ小森くんが太ったの?」 「いんや、こもりんは小さな身体で重労働しているから、きっと消費カロリーが多いんだよ。相変わらず三度の飯よりおやつが好きだけどな」  確かに月影寺は広い山寺なのに、住職の翠さんと副住職の流さん、そして通いの小坊主、小森くんしかいないなんて不思議だ。  丈さんと洋さんもいるし、あまり目立ちたくないのか……本当にあのお寺には私利私欲がなく、穏やかな気持ちになれる。また彼らにも会いたい。 「そういえば、驚くことがあって」 「何?」 「こもりんとデートしていたら偶然、俺の高校時代の同級生と会ったんだ」 「うん?」 「そうしたら、なんと彼らも付き合っていてさ」 「ん?」 「男同士なんだ」 「……そうなのか」  それは驚いただろうな。  僕だって、菅野が僕のように同性と付き合うことになり、驚いた。  しかしそれ以上に嬉しかった。  管野の嬉しそうな顔を見ていると、僕の心もポカポカになった。 「そのうち、葉山にも紹介するよ」 「いいの?」 「きっと、気が合うよ」 「嬉しいよ」  こうやって人と人の輪は広がっていくのか。 「そういえば、葉山のコンテスト応募作品、すごく良かったな」 「見てくれたのか」 「冬のスキー旅行を経て、また一皮剥けたようだって、リーダも褒めていたよ」 「そうかな? だとしたら嬉しいよ」  函館旅行で、僕は森のくまさんと出逢った。  くまさんとの出逢いは、両親の記憶を取り戻す鍵だった。  扉を開けると、次々に思い出した。  一番忘れてしまっていたお父さんのことを。 「タイトルも良かったよ。『花々の再生』か……深い意味がありそうだな」  **** 「パ、パー!」  いっくんに呼ばれて、オレは勢いよく駆け寄った。 「いっくん、お帰り!」 「パパっ、だっこぉ」  可愛い声に誘われるように、高く、高く抱っこしてやる。 「元気だったかー」 「パパ、あいたかったよ~、いっくんね、もう、どこにもいかないで、ずっといいこしてたよ」 「えらかったな」  頭を撫でてやると、目を閉じて気持ち良さそうな顔をしてくれた。  隣を歩く菫さんも、そっといっくんの頭を撫でた。 「いっくん、いい子に待てたのよね。潤くん、お帰りなさい」 「ただいま!」 「やっと帰って来てくれたのね。急な研修で2週間もいないなんて、ちょっと寂しかったな」  函館から戻ってすぐ、蓼科高原のイングリッシュガーデンへ2週間、泊まり込みの研修を命じられたのだ。タイミング的に迷ったが、その研修を経れば仕事のスキルもアップするし、給料もあがるそうなので頑張った。  もう間もなく……オレは一人ではなくなる。  一緒に成長を見守りたい家族が出来る。  だから仕事ももっと頑張ろう! 「菫さん、待たせてごめん」 「ううん、仕事だったし」 「いよいよ今週末だな。菫さんの両親に挨拶に行くの」 「うん、緊張しちゃう」 「オレ、頑張るよ」 「潤くんなら大丈夫。私が太鼓判押すわ」 「……オレさ、そんないい奴じゃないよ」 「それを言ったら私だって……潤くん、あのね、人間は完璧じゃないわ」  菫さんの言葉はいつも前向きで、オレの後ろめたい過去を解放してくれる。  だから好きだ。  だから愛してる。  この人といっくんと暮らしたい。   確固たる夢を叶えに行こう!  信州、松本へ。 あとがき(不要な方は飛ばしてくださいね) **** 今日から新しい節に入ります。 『花明かりに導かれて』というタイトルに沿って、また宗吾さんと瑞樹、芽生のこと、 彼らの周りの人達のこと、何気ない日常生活をのんびり書いていければと思います。 どうぞよろしくお願いします。
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