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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)13
目覚めは良かった。
昨日までの疲れも、宗吾さんと芽生くんと離れて暮らす物寂しさも、全部宗吾さんが一掃してくれた。宗吾さんからのラブコールには、それだけのパワーがあった。
全部、全部……持っていってくれた。
だから朝は、僕からモーニングコールをしよう。
最初からそう決めていたんだ。朝なら芽生くんと話せるから。
「もしもし!」
「宗吾さん、瑞樹です」
「おぉ、どうした?」
「……朝だから、おはようを言いたくて」
文字ではなく声で伝えたかった。
文字だけでは伝えきれないものがあるんだ。
「嬉しいよ」
「宗吾さん、おはようございます」
「おはよう! よく眠れたか」
「はい! 昨日は……ありがとうございます」
「あぁ毎晩するよ。夜には俺が」
「嬉しいです。僕は毎朝します」
「そうか、そうやって君は……俺たちに歩み寄ってくれるんだな」
「声が聞きたいんです。宗吾さんと芽生くんの……」
「あぁ、俺もだ」
電話の向こうで、芽生くんの明るい声がする。
まだ一日しか離れていないのに、もう懐かしい声だ。
「お兄ちゃん!」
「芽生くん、おはよう。ひとりで起きられたの? 偉いね」
「うん。今ね、パパのお手伝いしていたんだよ。お兄ちゃんいない分、がんばるよ」
「心強いな。でも……疲れたらちゃんと休むんだよ」
「うん! お兄ちゃん……あのね……ごめんね」
突然謝られて驚いた。
「どうしたの?」
「僕が一寸法師になれたら、お兄ちゃんといつも一緒にいられるのになぁって」
まるで『ポケットこもりん』のことを知っているような台詞だね。
「僕のポケットにはいつも芽生くんと宗吾さんがくれた幸せが詰まっているよ」
「ほんと? でも……お兄ちゃん、さみしくなったら、ちゃんと言ってね」
まだまだ小さな子供だと思っていたのに、そんな台詞を言ってくれるなんて。
「芽生くんもだよ」
「うん! まだ、へいきだよ」
ひと月は長い。
僕だって長く感じるのだから、子供にはもっと長い時間だろう。
「芽生くん、今日もいい一日をすごしてね」
「お兄ちゃんも、がんばってね」
「ありがとう」
****
「かんのくん、仕事中は僕の存在を、一切合切、忘れてください」
「え? そんなキッパリと言うなんて……」
「住職からいつも言われています。けっして人様の真剣な仕事のお邪魔はするなって」
「こもりん……」
「大丈夫ですよ。えっとぉ……僕は無になって座禅を組むと気配を消せるんですよ」
風太は度が過ぎたあんこ好きだし、こんな小さな身体になってしまった風変わりな子だけど、小坊主としての修行に真剣に取り組み、場をわきまえているんだなと感心してしまった。
「ちっこいのに偉いよな」
「……そのことですが、僕……本当はもう元の大きさに戻りたいんです」
「え?」
「だって、あんこはこの身体には大きすぎるし、みたらし団子は危険だし、なにより……」
手の平に載せた風太が俯いてしまった。
「どうした?」
「大好きな菅野くんに……ちゃんと触れられないのですよ」
「え? こうやって抱きしめることも出来るし、俺、添い寝だって上手になっただろう?」
「でも……僕から抱きしめてあげることができないんです。お世話してもらうばかりで……菅野くんの疲れを癒やしてあげたいのに」
「なぁに戻る時は来るさ。焦らずその日を待とう」
「……そうでしょうか」
「そうさ! きっと来る」
「では……暫し」
風太が目を閉じて座禅を組んだので、そっと作業服のポケットに入れてやった。
風太は冬眠したかのように、仕事中は動かなかった。
それが少し寂しいなんて、俺って重症かな?
新幹線の中で、もぞもぞ動いていたのが懐かしいだなんて。
確かに小さなこもりんとは、キスもままならない。
それは辛い、かなり辛い。
そんなやりとりをした初日から、気が付けばあっという間に2週間経っていた。
もう九月半ばだ。
「瑞樹ちゃん、行くぞー!」
「……うん」
「どうした?」
「……何でもないよ、行こう! 遅れちゃうね」
少し寂しそうに笑う葉山は、何かを堪えているようだった。
そういえば出逢った頃、いつもこんな顔をしていたよな。
ここに来てから、葉山が夜な夜な宗吾さんとラブコールしているのも、朝モーニングコールをしているのも知っているが、それだけでは、そろそろ堪えられなくなっているのだろう。
その晩、葉山は郵便受けに届いた手紙を見て、いよいよ堪えきれない表情を浮かべた。
拙い文字の封筒を抱きしめたまま、玄関で靴を脱いだ途端、廊下の壁にもたれて蹲ってしまった。
「馬鹿だなぁ……こんなになるまで我慢して」
「ご……ごめん……ぐすっ……」
「瑞樹くん、ティッシュですよ」
「小森くんも……ごめん」
葉山ははらはらと涙を散らして、手紙を見つめていた。
「読んでみたら? 芽生くんからだろう」
「う、うん」
「あれ? 何か一緒に入っているみたいですよ」
「なんだろう?」
封筒の中からは、芽生くんからの手紙と小さなフェルト人形が出て来た。
「これって……ポケットメイくん!」
「えっ……」
手紙にはこう書いてあった。
……
お兄ちゃんへ
ボクね、お兄ちゃんにあいたくて、あいたくて……さみしくなっちゃったんだ。そしたらおばあちゃんが、ボクがあいたいときは、お兄ちゃんも同じくらいあいたくて、さみしくなっている時だって、おしえてくれたんだよ。
だからね、ボク、小さくなって飛んでいきたいって思ったよ。
でもね、それはできないから、おばあちゃんにおねだりしちゃった。
ボクとパパとお兄ちゃんのお人形をつくってもらったんだよ。
お兄ちゃんは、ボクをもっていてね。
本当のボクじゃないけど、これはボクだよ。
それから、かんのくんへ
お兄ちゃんは、ボクとおなじでさみしがりやさんです。
なかよくしてね。
……
芽生坊は天使だ。
そうか、天使に育てられているから天使になるのだな。
この手紙は、葉山を救うだろう。
しかも俺にまでメッセージをくれるなんてな。
中からは芽生くんにそっくりな可愛いフェルト人形が出て来た。
ちょうど今のこもりんと同じくらいのサイズだ。
「わぁ、僕のお友達サイズですね」
「芽生くん……芽生くんっ……」
葉山はそのぬいぐるみを愛おしそうに抱いて頬ずりし、ズボンのポケットにそっとしまって顔をあげた。
その顔からは物寂しさは消えて、幸せに満ちていた。
「今日から僕も、ポケットメイくんと一緒なんだね」
「瑞樹くん、その子には芽生くんが瑞樹くんを思う思慕の心が詰まっています。きっと瑞樹くんの心を守ってくれるでしょう!」
風太……!
翠さんかと思ったぜ! いいこと言うなぁ。
さぁ、あと2週間、頑張ろう!
会えないのは一生ではない。
時が過ぎれば、元通りになれるのだから。
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