帰郷 10

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帰郷 10

 瑞樹と同じ屋根の下で過ごした一夜は、心温まる時間だった。  瑞樹の寝床はやっぱり芽生に取られてしまったが、俺も幸せな眠りにつけたので、朝早く目覚めた。なるほど、満ち足りた気持ちで眠りにつくと深く安定した睡眠を手に入れられるのだな。  正直、玲子との結婚生活、離婚……当時の俺は何が悪いのか分からず現実を受け入れられなかった。だから夜になると一日の疲れがどっと出て、なかなか寝付けなかった。朝起きても寝た気がしなかった。  だが瑞樹と出逢ってからの俺は、自分でも本当に大きく変わったと思う。  相手が喜ぶ顔をみたい。ひとりじゃなくてふたりで、家族で笑い合って生きたい。そんな当たり前のことに今まで気づいていなかったことを反省した。同時に玲子にも悪いことをしたと思った。  さてと、ふたりが起きてくる前に幼稚園弁当と朝食の準備をしよう。  芽生の幼稚園は毎週火曜と金曜日は弁当で、月・木は給食。実によくできているよな。俺も週に2回位ならと、頑張れるわけだ。  食事作りは嫌いじゃない。むしろ好きな方かもしれない。多少大学時代の独り暮らしで経験したとはいえ、玲子と離婚してからは芽生のために作るという使命があるので、子供が喜びそうなメニューもだいぶ覚えたぞ。まぁほとんどが園バスママの受け売りだが。  可愛いタコさんウインナーは定番だ。おにぎりにも顔をつけた。リンゴはウサギのカタチにして、可愛いピックも忘れない。ついでに朝食プレートのウインナーにもピックを挿しておいた。    夢中で支度をしていたようで、ふと時計を見るともう7時半になっていた。芽生の楽しみにしているテレビ番組が始まるのにまだ起きてこないな。流石にそろそろ起こしに行くか。 「瑞樹、芽生、そろそろ起きないと」  芽生の布団に潜り込んで眠る瑞樹の寝顔を覗き込んで、ギョッとした。何故なら明らかに彼の頬には泣いた涙の痕がついていたから。 「瑞樹どうして……何故泣く? 」   正直瑞樹に関して、まだ掴み切れていない部分があると感じるのは何故だろう。最近の瑞樹は俺との関係を前に進めるために函館に行くことに拘っている。どうもそこが気になってしまう。  瑞樹とお兄さんの関係は、この目で見たから理解できる。先日弟さんが幼い頃に亡くなったことも、瑞樹の口からようやく教えてもらえた。お父さんも早くに亡くなっていたことも。  それでは何度か話題にあがった函館の実家の母とは、一体どのような人なのだろう。何となく感じることだが、瑞樹は母親に随分と遠慮しているような気がする。息子なんだから、もっと甘えてもいいんじゃないかと思うこともあった。  質素で堅実な暮らしぶり。謙虚で控え目で相手の事を考えすぎて自分を抑え込んでしまうクセがある瑞樹。自由奔放に生きてきた俺から見ると、窮屈じゃないかと思う程だ。もちろんそれが瑞樹らしさを生み出しているのだから、俺が彼を好きな理由の一つでもあるのだが。 「ん……あっ宗吾さん、おはようございます。わっ……もうこんな時間ですか。すみません、寝坊して」  瑞樹が目覚めたので優しく話しかけてやった。彼のコンディションをそっと窺うが、顔色は悲しみに沈んでいないのでホッとした。穏やかで自愛に満ちた表情を浮かべていた。だから涙の理由を思い切って訊ねてみた。 「どうした? 頬に涙の痕がついて」 「あっあれ? おかしいな。僕……泣いたのかな」  瑞樹自身が泣いたことに気が付いていなかったようで、指先で目元を拭って驚いていた。 「うーん、でもいい顔をしているよ。何か夢を見たのか」 「ハイ……実は母の夢を」  母親……それはちょうど今俺が考えていた事だったのでドキっとした。ただ、26歳にもなった男が実家の母の夢を見て幸せそうに泣くのか。そんな違和感を少し持った。 「それって函館のお母さんの夢? 」 「あっそうではなくて……」  瑞樹が俺に話したいことの続きが、その時になって初めて浮かんだ。もしかして、そういうことなのか、だからなのか。 「実は……僕が10歳の時に両親と弟が交通事故で亡くなって……それで広樹兄さんの家に引き取られたのです。あの、そのことを今まで話せなくてすみません。だから夢に出て来た母は函館の母ではなく、亡くなった実母です」 「やっぱり、そういうことか」  思わず瑞樹を抱きしめてしまった。ギュッと力を込めて。 「そうか、そうだったのか。瑞樹にはオレがいる。これからはオレが瑞樹のホームになるよ。言い難い事を話してくれてありがとう」 「あっ宗吾さん……」  今の告白は、瑞樹がずっと言いたくても言えなかったことなのだろう。俺も察してやれなくて、すまない。瑞樹の性格だと、なかなか言い出せることじゃないのに。 「あの……函館の家には感謝しているので、宗吾さんになかなか話せなくてすみません。宗吾さんと知り合って、幸せで温かい時間を持てるようになってから……何故かよく思い出してしまって……僕の本当の両親のことを。それに僕には……他にも」  言葉に詰まりながら瑞樹が必死に伝えようとしてくれる。 「分かるよ。遠慮して……なかなか本当のご両親のことを思い出せなかったのだろう」 「あっ……うっ」  あぁ瑞樹がまた泣いてしまう。慌ててその涙を指先で拭ってやった。 「宗吾さんはどうしてそんなに理解してくれるのですか。僕の心の中を、誰も気づかなかったことまで」 「それは瑞樹のことが好きで心の底から大切に思っているからだよ」 「すみません。僕、嬉しくて。今までここまで僕を深く理解してくれる人がいなかったので、母も広樹兄さんも本当に僕を大事にしてくれたので申し訳なくて」 「分かった。もう大丈夫だ。ちゃんと俺に話せただろう? 」 「男なのに泣いてばかりで恥ずかしいです」 「そんなことない。思慕の気持ちに素直に向かい合っただけだ。男も女もない」 「うっ」  泣きそうになる顔……卵型の綺麗な輪郭を両手でそっと包みキスをしてやった。 「これは、おはようのキスだ」 「んっ……」  
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