秋色日和 3 

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秋色日和 3 

 小学校の運動会、今年は10月の終わりだって。  どんな運動会になるかな?  ボクは体を動かすのが大好きだから、とっても楽しみ!  あのね、これからクラスで運動会の種目の話し合いをするんだよ。  あー ワクワクする!  教室でドキドキ待っていると、先生がオレンジ色と黒のハタを持ってやってきたよ。  なんだろう? 何に使うのかな?」 「3年生の運動会のお遊戯は『ハロウィンかぼちゃと真っ黒おばけの対決』という曲に合わせて踊るダンスに決まったよ。そこで早速カボチャとおばけにグループ分けをする。あとで人数調整するが、まずは好きな方のハタの下に移動してくれるか」  わぁ、ボクはハロウィンかぼちゃがいいな。  だって大好きなオレンジ色だ。  おひさまみたいに明るくて、日だまりみたいにあたたかい色が大好き。  一気にワクワクしてきたよ。  よーし、ボクはかぼちゃグループにしよう。  みんなも一斉に立ったのでボクも歩き出すと、おともだちに肩を組まれたよ。 「なぁ、黒の方がカッコいいから、黒にしようぜ」 「えっ、ボクはオレンジもいいかなって」 「えー! オレンジ色なんてかっこわるいぞ。子供っぽすぎるし、女の子みたいじゃん」 「……そうかな?」 「そうだよ! だから黒にしようぜ。オレたちは友達なんだから一緒がいいだろ」 「ええっと」 「なんだよ? そんなにオレンジがいいのかよ? オレよりも」 「……ううん、じゃあ黒にするよ」 「よし、やっぱ黒だよなー 芽生といっしょでうれしいよ」 「う……ん」  胸のおくがズキンとしたよ。  なんだか小さい頃を思い出しちゃった。  いつもお洋服を買いに行くと、ママに言われたこと。 …… 「うん! 芽生はやっぱり黒が似合うわね」 「そうかなぁ……ママ、いつもボク、くろばっかり。あかとかきいろはだめ?」 「ダメダメ! そんなの似合わないわよ。芽生は宗吾さんに似て髪も真っ黒だし、目も真っ黒、男の子らしい顔立ちだし、絶対黒がいいわ」 「そうなの?」 「そうよ。ママはこれがいいな、これにしましょう」 「う……ん」 ……  好きな色と似合う色ってちがうのかな?  男の子はやっぱり黒なの?  これで本当にいいのかな?  お友だちとは仲よくしないと……  分からなくなっちゃった。    それから急に元気がなくなっちゃったよ。  ボクって男の子らしくない?  このままだと、大人になったらキシさんになれない?  うーん、それはイヤだよ。 **** 「リーダーお先に失礼します」 「お! 今日は葉山がお迎えか」 「はい、あの……残業出来ず申し訳ありません」 「いや、急ぐ仕事もないから大丈夫だ。それより早くお迎えに行かないと、だんだん日が短くなって夜が早くなったからな。暗くなると、子供は何があってもなくても寂しくなるものさ」 「はい!」  リーダーの言う通りだ。  リーダーのお子さんはもう成人しているが、男の子を育てたお父さんなので子育てに理解があって助かる。それに話しているとためになる。  確かに10月に入ってから、急に夜になるのが早くなった。  芽生くんは3年生といっても、まだたった9歳だ。  放課後、夜の7時近くまで学校で過ごすのは疲れるし寂しいだろう。  夜は心を彷徨わせる。  だからちゃんと掴まえてあげないと。  僕は学校までの足取りを速めた。  手には日中購入したデパートの手提げ袋を持っている。    オレンジ色のトレーナー、喜んでもらえるといいな。  大切な人を迎えに行ける喜び、一緒に帰れる喜び。  ずっと感謝し続けたいことだ。 「あの、滝沢芽生の家の者ですが、迎えに来ました」 「あぁ、芽生くんね……実は今日はずっと元気がなかったんですよね」 「え? 具合が悪いのですか」  焦ってしまった。    最近急に朝晩涼しくなったから、風邪を引いてしまったのかも。    川崎病のことがあるのでヒヤリとしてしまった。  真顔になると、放課後スクールの先生は優しく「そうじゃないのよ」と首を横に振った。 「たぶん私の経験からすると、芽生くんは身体の不調ではなく、心だと思いますよ。3年生になると今まで納得してきたことに急に疑問を抱いたり、お友達との関係もいい意味でも悪い意味でも深まったり強まったり、いろいろ難しいお年頃だから」  そうなのか。  僕が9歳の頃も、そうだった?  あまりに遠い過去過ぎて、思い出せないな。  僕の場合は10歳で過去の思い出が全部消えてしまう程の辛い経験をしたので、記憶がなくなっている部分もある。  困ったな。過去があやふやな僕に、芽生くんの気持ちをしっかり理解出来るだろか?  待てよ。そうじゃない。  芽生くんは僕ではないのだから、自分の過去の枠に当てはめるのではなく、今の芽生くんを見守り、寄り添っていけばいいのか。  教室を見渡すと、芽生くんは隅っこで壁に身体をくっつけて体育座りをし、ぼんやりしていた。  随分と覇気がない表情だ。 「……芽生くん」  思い切って呼びかけると、しっかり僕を捉え、ほっとした表情を浮かべてくれた。 「お兄ちゃん!」 「おいで、さぁ帰ろう」 「うん……もう帰りたいよ……疲れた」  帰りたいか――    小さな声、切ない声に、グッとくる。  もう大丈夫だよ、僕が来たから。  芽生くんには僕がいるから。  すぐさま抱きしめてあげたい気分だった。  帰り道、空に月は見えなかった。  ぽつぽつと灯る街灯の下を、ランドセルを背負った芽生くんはトボトボ歩いていた。  手をつなごう!  手をつながない?    言葉を選んでいると、芽生くんが立ち止まった。 「お兄ちゃん、もうまっくらだね」 「そうだね」 「ボク……くらいのはあまり」 「うん、そうだったよね。僕もあまり好きじゃないな」 「あ、いっしょ?」 「そうだよ」 「よかったぁ」  芽生くんの方から、手をそっと繋いでくれた。 「えへへ、お兄ちゃんと話すと落ちつくよ」 「……学校で何かあった?」 「ん……むずかしくてね、わからなくなっちゃった」 「ん?」 「黒とオレンジね、オレンジがよかったけど、お友だちは黒がいいって……だから黒にしたんだ」 「そうなんだね。それで?」    どういう意味かハッキリ分からなかったが、僕は寄り添うように相槌を打った。 「うん、黒もいいけど……ね、やっぱりオレンジがよかったなぁ」 「オレンジは芽生くんの好きな色だよね」 「うん! お兄ちゃんもすき?」 「大好きだよ! 芽生くんを思い出す色だよ。日だまりのようにあたたかくて、お日様のように明るい色だから」  芽生くんの笑顔を思い浮かべながら答えると、とても嬉しそうに笑ってくれた。  良かった! やっと笑顔になれたね。  今日は思うように行かないことがあったのかもしれない。  成長して行くと、ぶつかることってあるよね。  この先、折り合いをつけなくてはならない場面もきっと出てくる。  そんな時、家族と家は、芽生くんをしっかり支えてあげたいよ。  まだ小さい子供が真剣に悩んでいるのなら、手を差し伸べてやりたい。 「そうだ、お兄ちゃんね、芽生くんに似合いそうな洋服を見つけて買って来たんだよ」 「え? それってボクの?」  デパートの袋を揺らしてみせると、鈴を転がすような可愛い声を出してくれた。 「わぁ、わぁ! あたらしいお洋服だ」 「うん、勝手に買ってしまったけど、よかったら着てくれるかな?」 「あのね、あのね……それって何色?」 「オレンジ色だよ、どうかな?」 「わぁ! わぁ! やったー ぜったいきるよ」 「くすっ、ありがと。じゃあ早く帰ろう。早速、着て見せて欲しいな」  芽生くんは繋いだ手を、ブンブンと大きく振ってくれた。 「だからお兄ちゃん、大好きだよ!」 「ありがとう、お兄ちゃんも芽生くんが大好きだよ」  芽生くんの言葉は、僕の心をポカポカとオレンジ色に染めてくれる。    僕の天使(エンジェル)は、朝日を浴びてオレンジ色に輝く、美しい翼を持っている!
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