秋色日和 4

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秋色日和 4

「お兄ちゃん、早く! 早く!」  グイグイと、僕の手を元気よく引っ張る芽生くん。  さっきまでの覇気のない表情は消え、今は輝くように生き生きしているね。  芽生くんの上気した薔薇色の頬に、僕の頬も自然と緩んでいく。  今日銀座のデパートで思い立って君の服を買ったのは、間違いではなかったんだね。  むしろタイミング良かったのかも?  そう思うとリーダーに背中を押してもらえて良かった。  僕だけだったら、きっと「やっぱりいいです」と断り、逃げるように帰って来ただろう。 「あのね、これなんだ。秋冬用にどうかな? 気に入ってくれるといいな」 「わぁぁ、大好きな色だよー ボク、さっそく着てみるね」 「うん」  芽生くんが満面の笑みでポイポイと洋服を脱ぎ出したので、くすっと笑ってしまった。 「ん?」 「そういうところ、パパそっくりだね」 「えっとぉ、それって、よろこんでいいの?」 「えっと……喜んでいいよ」 「そっか!」  元気一杯で少し大雑把。  でもとびきり優しい君が大好きだよ。    僕の大好きな宗吾さんの血を真っ直ぐに受け継いだ男の子。 「でもお兄ちゃん、ボクはパパみたいに鼻の下はびよーんてしないよ。ヘンタイさんにもならないからね! シンパイしないで」 「クスッ、芽生くんはいつもずっとカッコいいよ」 「わぁい!」  少しくすんだオレンジ色のトレーナーは、芽生くんの人懐っこい笑顔に良く似合っていた。その色は、ハーベストカラーだ。ハーベストオレンジと呼ぶのが相応しいのかな。  自然の実り、豊かさへの感謝を込めた色合いは、僕の故郷、北の大地の秋の色。   「お兄ちゃん、あのね」  芽生くんが可愛く小首を傾げて聞いてくる。 「ん?」 「お兄ちゃんはどうしてボクがこの色好きだって知っていたの? ボク、話したかな? 」 「ん? そうだね、色鉛筆で芽生くんが一番沢山使う色だし、お花やさんでもオレンジ色の物を真っ先に選ぶから、きっと好きなんだろうなって思ったんだよ。違ったかな?」 「お兄ちゃんって……」 「ん?」 「ボクのこと、ボクが考えるよりずっとずっと、みてくれているんだね」 「当たり前だよ。芽生くんは大切な僕の天使だ」    ふたりきりの時は、まだ、とろけるように甘い言葉を囁いてもいいかな?  小さな身体でいつも頑張っているのだから。 「お、お兄ちゃん……ボクね……今日……ほんとは、お兄ちゃんに、はやくあいたかったんだよ」 「うん、うん」    ほろり、ほろりとでいいから漏らして欲しい。  今日寂しかったこと、悲しかったこと、困ったこと。  僕には、なんでも話して欲しい。  どうか僕を頼って欲しい。  君の支えになりたいんだ。  大切にしたい、芽生くんの気持ち。  芽生くんといると、いつも明るい方へ僕も導かれるよ。 「よし、さぁ、おいで」 「うん」  芽生くんが少し小走りで僕にぶつかるように飛び込んで来てくれた。  ありったけのハートで包んであげると、今日あったことをゆっくり話してくれた。  僕はその間、ずっと背中をさすってあげた。 「そうか、お友達の気持ちに今日は寄り添ったんだね」 「うん、ボクが川崎病になった時にすごくシンパイしてくれて、またぜったいいっしょに遊ぼうって書いてくれてうれしかったの」 「うんうん、何が正解で何が間違いなんてことはないんだよ。これからは……そういう時もあるよ」 「あー よかった。お兄ちゃんに聞いてもらえて、ほっとしたよぅ」 「いつでも話していいんだよ。心に溜めるのはよくないよ」  いつも僕も、お母さんにこんな風に聞いてもらったんだ。  だからね、僕がしてもらって嬉しかったことを君にしてあげたいんだ。  そこにタイミング良く宗吾さんが帰ってくる。 「ただいま!」  僕は更に上昇気流に乗る。 「パパ、見て、見て!」 「お? どうした? 見慣れない服を着ているな」 「あの、それは僕が今日買ってあげたものです」 「え、瑞樹が……」 「あ、の勝手にすみません」  やっぱり恐縮して俯いてしまう。   「おっと、今のは謝るところじゃないぞー」 「そうだよ。お兄ちゃん」 「う、うん」 「とにかくリビングに入ろう」  そこからは宗吾さんらしく大騒ぎ。 「芽生、可愛いな。明るくて日だまりみたいな色がよく似合うな。俺にも買ってくれー」 「え? 宗吾さんも?」 「えへへ 知ってるよ。パパも本当はオレンジ色が大好きなんだよね。なのに前はいつも黒……あ……そういえば、どうしよう?」  急に芽生くんが困った顔になった。 「どうした?」 「どうしたの?」 「この前、いっくんにボクのお古をあげたでしょう?」 「うん?」 「あれ真っ黒のお洋服ばかりだったけど、大丈夫だったかな? もしかしたら……いっくんにかわいそうなことしたかも」  芽生くんがとても心配そうだ。    何か気がかりなことがあるようだ。 「どうした? 芽生、どうしてそう思うんだ?」 「あのね、前にいっくんが話していたの。パパに見つけてもらえるように、いつも白いお洋服をきていたって」 「……そうだったのか。それじゃ真っ黒な服を送って悪かったな」  いや、きっと……  潤の家では、明るい展開になっている気がするよ。  まず潤は、いっくんがどんな服を着ていても絶対に見つけられるだろうし、洋服の方は、きっと菫さんが…… 「芽生くん、いっくんに電話してみる?」 「うん、いっくんのお顔を見たいから今日はテレビ電話がいいなぁ」 「了解、そうしてみるね」    早速電話すると、いっくんがどアップで写った。 「いっくんでしゅ」 「わぁ、いっくん! げんきだった?」 「あい! めーくんにあいたいでしゅ」 「ボクもだよ、あ、あのね……この前おくった服なんだけど」 「あ! ありがとう。すごくかっこかわいいよ」 「え? そうなの? だってあれ真っ黒で……いっくん、黒は苦手じゃ……」  芽生くんがキョトンとしている。 「えへへ、ママがねぇ、かっこかわいくしてくれたんでしゅよ」 「そうなの? それ、見たいな」 「まっててね。いま、きがえましゅ」  潤の声がする。 「わー いっくんそこで脱ぐ?」 「あい!」  いっくんも潔くポンポン服を脱いでいく様子が映っている。  芽生くんはその様子を見て、笑った。 「お兄ちゃん、いっくんってボクみたいだねぇ」 「兄弟だから似てるね」 「うん!」 「よいちょ、よいちょ、ちょっとまってくだしゃいね」  いっくんが可愛い洋服を着て、再び登場してくれた。  真っ黒だったトレーナーには、白い襟やボーダー模様がついており、ポケットには可愛いハートのアップリケまで。  でも黒と白のモノトーンでまとめられているので適度に男の子らしく、確かにかっこ可愛い! 「わぁ、そんな風にして着てくれたんだね」 「あい、いっくんのおようふくになりまちたよ。めーくん、いいでしゅか」 「もちろんだよ。そのお洋服さんもよろこんでいるよ」  ふたりの天使の会話を、宗吾さんと肩を並べて聞いていた。 「宗吾さん、今日も和やかな時間に酔ってしまいそうです」 「俺もさ、エンジェルズの会話に疲れが吹っ飛ぶよ」  幸せすぎて――  ほんの少しだけ目尻に涙が浮かんでしまった。  秋が満ちていくように、愛も満ちていく――    
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