帰郷 31

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帰郷 31

「だっ誰?……お……父さんなの?」  僕を優しく抱きしめてくれる人は……お父さん?   違う……お父さんは死んじゃった。  じゃあこの人は誰だろう。怖くはない、むしろほっとする。  あぁ……頭が混乱してモヤモヤして、すごく痛い。痛いよ。 「あ……僕……」 「瑞樹っ、瑞樹、俺が分かるか」  こんなにも愛おしく僕の名を呼んでくれるのは……誰?  そうだ……今の僕はひとりじゃなかった。  誰かのために生きたいと……そう思ったから必死に抵抗して逃げた。  布団の中で自分の躰を見ると、病院のパジャマを着て、両手にはグルグルと包帯が巻かれていた。その瞬間、僕の身に降りかかった悲劇をまざまざと思い出してしまった!  恐怖! 恐怖! 恐怖! 嫌悪感、羞恥心……負の感情で、心と躰が張り裂けそうになる!もう爆発しそうだ!   アイツにされたことをどんどん思い出してしまう。身体の震えが止まらない。衣類を破かれ無理矢理、脱がされ、手首を縛られ、躰中を舐めまわされ……  もうやめろ……思い出しては苦しいだけだ。駄目だと分かっているのに、まるで自傷行為だ……どんどん自虐的になってしまう。 最後に……あそこを触られた。あぁもう限界だ。  布団の中で僕は絶叫した! 視界をシャットダウンする。目は開けられない。   「あぁ……やだやだ! やめろぉー!」 「瑞樹っ落ち着け、もう大丈夫だ。もう安全だ。さぁ目を開けてごらん」 「……」  この声……この温もりを僕は覚えている。忘れるはずない。  この人にまた会いたくて頑張ったのだから。  恐る恐る目を開けると……  そこには僕の……僕の宗吾さんがいてくれた。 「そ……うごさん?」 「そうだよ。瑞樹、俺が分かるか。あぁ良かった、助けるのが遅れて申し訳なかった。君と一緒に函館に行けばよかったよ。怖かったろう。嫌だったろう。ごめんな。瑞樹は何も悪くない。大丈夫だ、大丈夫だったんだ」 「……」  宗吾さんが必死に僕を抱きしめ、耳元で僕が安心する言葉をずっとずっと繰り返し囁いてくれる。その言葉が温かくて……心地よくてほっとした気持ちになった。 「さぁ……もう少し眠った方がいい。まだ麻酔が覚め切っていないんだ。怖い夢を見ないように傍にいてあげるから 「……ハ……イ」  僕はギュッと宗吾さんに幼子のように抱きしめられ、ゆらゆらと寝かしつけられ、やがて……再び睡魔に襲われて眠りに落ちた。 「瑞樹。ぐっすり眠れ」 ****  腕の中で静かに眠りに落ちていく瑞樹を抱きしめて、俺もやっと安堵した。  良かった、本当に良かった。  目覚めたばかりの瑞樹が、一瞬子供に戻ってしまったようで焦った。あまりにショックなことがあると、その前後の記憶まで封じてしまうことがあると聞いたことがある。記憶喪失にでもなったらと不安で堪らなかったよ。  あの痛ましい事件のことは忘れてもいい。  だが……俺のことを忘れては駄目だ。  傷だらけの彼をもう一度抱きしめ、布団をかけてやった。  手には包帯が幾重にも巻かれ躰中もう傷だらけだ。見える所だけでもこんなに……目立つ頬の擦り傷にそっと指で触れると、俺の眼にもじわっと涙が浮かんできた。  君がどんなに抵抗したか物語っている痛ましい傷の数々。  手が特にひどかった。後から警官に聞いたが、二階のあの部屋で割れた鏡で指先を深く切ってしまったようだ。麻酔をかけてそれぞれの指先を何針も縫合したので……当分両手が使えないそうだ。  君の……傷一つなかったほっそりと美しい指先。そこに傷痕が残らないことを祈る。  俺がついていれば……函館までちゃんと送ってやればよかった。一抹の不安を感じていたのに……くそっ、どうしたって自分を責めてしまう。 「あの、葉山さんはお休みになられましたか」 「あっはい」  看護師に声をかけられ、慌てて目元をゴシゴシと拭った。 「よかった。鎮静剤や麻酔を使っていますので、まだ起きない方がいいですから。ご家族の方ですよね。先生から少しお話が」 「あっ伺います」  廊下に出ると、バタバタとこっちに向かって歩いて来る人たちがいた。あれは広樹と潤だ。ということはあの女性は瑞樹の義母になるのか。  函館から皆、瑞樹のために集まったのか。  瑞樹、君は皆に愛されている。
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