秋色日和 14

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秋色日和 14

 ふと目覚めると、辺りが薄暗くなっていた。  一瞬自分がどこにいるか分からなくてぞっとした。でもすぐに僕に寄り添うように眠っている芽生くんの規則正しい寝息が聞こえ、ほっとした。  少しだけ仮眠するつもりだったのに、今、何時だろう?  時計を見てギョッとした。 「えぇ? もう18時?」  慌てて飛び起きた。  下校した芽生くんと、宗吾さんが作ってくれたチャーハンを食べ、それからベッドの中でゆったりとお喋りしているうちに眠ってしまったようだ。  それから3時間以上も眠ってしまうなんて……ちょっとあり得ない。  よほど疲れていたのか、添い寝が心地良かったのか。  慌ててスマホを確認したが宗吾さんからの連絡は入っていなかった。  今日も遅くなるのかな? 最近このパターンが多くて少し寂しい。  いや、寂しがっている暇はない。明日のお弁当の材料を買いに行かないと!  こんなことならば午前中に買い物は済ましておくべきだった。  芽生くんが食べたいものを聞いてから、宗吾さんに芽生くんを見てもらっている間に買い行こうと、つい後回しにしてしまった。   「芽生くん、起きて」 「ん……なぁに」 「お兄ちゃん、買い物に行かないと」 「え? そうなの、じゃあ今からいっしょにいこうよ」 「そうだね。そうしてもらえるかな?」 「うん! あー よく眠ったぁ」  芽生くんの寝起きが良くて助かった。  という理由で、遅い時間に二人で外に出た。  帰宅する人と逆行するように、僕たちは駅前の『南急ストア』に向かった。 「芽生くん、お弁当の中身は何がいいかな?」 「からあげ~ ぜったいからあげ!」 「くすっ、やっぱりそうだよね」 「お兄ちゃん、いっぱい、いっぱい作ってね。おばあちゃんやけんごおじさんも来てくれるんでしょう?」 「うん、そうだね。よーし頑張るよ」 「いっくんのところには、おおぬまのおじいちゃんとおばあちゃんが、ちゃんと行ってくれるよね?」 「うん、その予定だよ」 「本当によかったぁ」  芽生くんは、心の優しい子だ。  芽生くんの運動会を見に来たいと大沼のお父さんとお母さんが申し出てくれたが、いっくんの運動会と同日開催と知り困っているようだった。  すると芽生くんの方から「今年は、いっくんの活躍をみてあげて。ボクが行けない分も。ねっ、お願い」と逆に頼んでくれた。  電話の後、無理していないか心配になり「それでよかったの?」と聞いてみると、笑顔で「ボクにはおばあちゃんとおじさんが応援に来てくれるんでしょう? だから、ボクがしあわせをひとりじめしたら、いっくんがさみしいよ」と答えてくれた。  芽生くんの心の成長を感じる瞬間だった。 「よし! その分張り切ってお弁当作るよ」 「やったー お兄ちゃん、からあげってとり肉だよね」 「うん」  ところが売り場に異変が! 「え?」    鶏肉はどこだ?  唐揚げ用の鶏肉だけが空っぽになっていた。 「あれ、どうして?」 「うーん、やっぱり運動会に唐揚げは人気なんだね。まぁ他にもスーパーはあるから行ってみよう」 「うん!」  最初は売り切れなら他の店で買えばいいと気軽に考えていた。ところが次のスーパーでも、その次のスーパーでも見事に鶏肉だけ売り切れだった。  明日はたまたま近隣の小学校2校と幼稚園と保育園の運動会が重なっているらしく、今日は飛ぶように売れて大繁盛だったそうだ。  もうストックの在庫もないと言われ、がっかりだ。 「……お兄ちゃん、お腹すいた」 「そうだよね。もう19時だ。疲れちゃったよね」    明日は運動会だから早く寝かさないといけないのに、どうしよう?  きっと世のお母さんたちなら代替え案がすぐに浮かぶだろうに。不測の事態に弱い僕は、どうしたらいいのか分からず途方に暮れてしまった。  こんな時は宗吾さんがいたら的確なアドバイスをしてくれるのに連絡が付かない状態だ。仕事のトラブルで駆けつけたのだから無理もない。  泣きたい気分だが、泣いている場合ではない。  僕がなんとかしないと。でも、どうしたらいいのか。  駅前の雑踏で、芽生くんと手を繋いで立ち尽くしてしまった。 「お兄ちゃん? 大丈夫」 「あ……うん」  こんな姿を見せたら芽生くんが心配するだけなのに僕は……  視界が滲んでしまう。  すると、力強い声が聞こえた。 「なんだ、瑞樹と芽生じゃないか」  声の主は…… 「あ……憲吾さん」 「どうした? 明日は運動会だろう? こんな時間にまだ外にいていいのか」 「……」  まさかうたた寝をしているうちに鶏肉が売り切れてしまったなんて言い出しにくくて、もごもごしてしまう。 「どうやら何か困っているようだな。芽生、どうした?」 「あ、あのね、おにくがうりきれなの! からあげのおにくがぜーんぶ」 「そうなのか、どこも?」 「もう三つもスーパーまわったんだよ。それでボクたち困っているの」 「そうか、よし、まだやっている時間だな。行くぞ」 「え? あ、はい」  憲吾さんが時計を見てずんずん歩き出したので、僕と芽生くんもついていく。 「お肉はスーパーだけじゃないぞ。昔ながらの精肉店にあてがあるんだ」 「あ、そうだったのですね。僕……知りませんでした。恥ずかしいです」 「恥ずかしがることない。私だって最近、母さんの買い物に付き合うようになってようやく気付いたのさ」  憲吾さん……優しい。  僕の気持ちを考えながら丁寧に接してくれる。 「僕も今度お母さんと買い物に行きたいです。もっと住んでいる場所のことを知りたいです」 「母さんが喜ぶよ、是非頼む」 「はい!」  中目黒の駅前から5分程歩くと、目黒銀座商店街に辿り着く。商店街には入らず右手に曲がった脇道に目指す精肉店はあった。  こんな場所にあるなんて気付かなかった。いつもついスーパーで済ましてしまうから。 「コホン……ここはだな、実は小学校の同級生の店なんだ」 「あ、そうだったのですか」  憲吾さんが店先で大声で「鶏はいるか!」と、まるで仕事中のように真面目な声で注文したので、僕と芽生くんは顔を見合わせてしまった。  少しずつカチコチになっていた気持ちが解れていく。  すると中から店主が出てきて、憲吾さんを見て笑う。 「おー 誰かと思ったら、ケンちゃんじゃないか」 「おい、その名はよせ」 「何言ってんだよ。いくつになったってケンちゃんはケンちゃんだろ~」  憲吾さんがケンちゃん?  なんか可愛いかも。  僕と芽生くんは顔を見合わせて笑顔になった。 「鶏肉か、今日はよく売れたよ。初めてのお客さんも多くて不思議な1日だった」 「明日は運動会だからな」 「あー 弁当の唐揚げか」 「そうだ、で、あるのか。ショーケースにはないが」 「あるよ。裏にストックが」  よかった! これで大丈夫だ。 「憲吾さん、ありがとうございます」 「困った時はお互いさまだ」  そこで芽生くんと僕のお腹が派手にぎゅるると鳴った。 「ん? 飯、まだなのか」 「はい……買い物に手間取ってしまい」 「もうこんな時間だ。この精肉店がやっているレストランが横にあるから入ろう」 「ですが」 「宗吾の分はテイクアウトすればいい」 「何から何までありがとうございます」  憲吾さんと一緒にカウンターに並んでボルシチスープ飲んだ。  流石お肉屋さん直営だ。牛肉と野菜がたっぷり入っていて具沢山。牛肉はトロトロに煮込まれ熱々で絶品だった。 「本当に困っていたんです、僕……」 「駅で会えて良かったよ。私も役に立てたのか」 「はい、憲吾さんのお陰です。ありがとうございます」 「ふむ、私もこんな風に動けるんだな。宗吾のようにフットワーク軽く」 「憲吾さんと宗吾さんはご兄弟なので、似ている部分沢山あります。根っこは同じです」  そう伝えると、憲吾さんが嬉しそうに目を細めた。 「昔は宗吾に似ているのは嬉しくなかったが、今は嬉しいものだな。まして瑞樹に言ってもらえるのは最高だ」 「え、そんな……でも本気でそう思います」 「君は我が家の大切な家族だ。それに宗吾が安心して芽生を置いて仕事に行けるのは瑞樹のサポートがあってこそだ。弟のことをいつもありがとう」 「そんな、僕なんか……」 「ストップ! 僕なんかはなしだ。君はもっと自分に自信を持ちなさい」 「はい……そうしたいです」  感謝して、感謝されて、人はそうやって歩み寄る。  今宵受けたご恩は忘れない。  憲吾さんたちが困っている時は、真っ先に駆けつけられる人になりたい。    僕の中でまた一つ気持ちが前に進んだ夜だった。  明日は運動会。  憲吾さんのためにも、とびっきり美味しい唐揚げを揚げよう!
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