秋色日和 21

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秋色日和 21

 今日はボクの運動会。    おばあちゃんとおじさんとパパとお兄ちゃんが見に来てくれるから、楽しみだな! いっぱいかっこいいところ見てもらうんだ。 「芽生、おはよ!」 「おはよ、今日はいっしょにがんばろうね」  わぁ~ お友達もオレンジのトレーナーを着ている! ボクとおそろいみたいでうれしいな。 「それって『ハロウィンかぼちゃと真っ黒おばけの対決』のいしょう?」 「そう! オレンジ色って今まであまり好きじゃなかったけど、着たことがなかったから、食わずぎらいだったみたいだ」 「よかったね。ねぇねぇ、今、どんな気分?」 「あんこパンマンになった気分かな? 幼稚園の頃よく見ていたアニメの」 「それ、ボクも大好きだったよ」 「芽生も?」 「うん、元気出るよね」 「あぁ、よーし、今日はがんばるぞー あーんこパーンチ!」  お友達がガッツポーズしたので、ボクもまねしたよ。 「芽生、今日はいっしょにがんばろう!」 「うん!」  門の前で、お友達が急に立ち止まったよ。 「そういえばさ、お母さんがいつもより30分も早く行かないといけないって、朝から大さわぎだったんだ」 「30分って?」 「この門が開くの、今年から早まったからさ」 「えっ、何時に?」 「7時30分が7時に」 「そうなんだ。ボク……全然知らなかったよ」 「えー! 先生も言ってたし、おたよりに書いてあったぞ。だからオレちゃんとお母さんに教えてあげたんだ」  え? そうなの。  ボク、先生の言うこと聞いてなかったのかな?  お便りもよく読まずに渡しちゃったから、時間が変わったことに気づけなかった。    そのことがショックだったよ。  パパもお兄ちゃんもお仕事がいそがしいから、見おとしちゃったかも。  それなのに、ボクはお兄ちゃんに甘えてよけいなことまで言っちゃった。 …… 「芽生くん、明日の運動会、楽しみだね」 「あのね、お兄ちゃん……ボクね」 「ん?」 「ううん、なんでもないよ」 「……どうした? 話してごらん」  お兄ちゃんがボクを抱き上げてお膝に乗せてくれた。  それから優しく聞いてくれた。  だから、つい…… 「あのね……」 「ん? どうした?」 「あのね……今年は一番前で見てほしいんだけど、むずかしい?」 「えっと、それって観覧席のことかな?」 「うん……3年生から、かけっこでカーブがあるんだ。ボクいっぱい練習したら先生にカーブの曲がり方が上手だってほめられたんだ」  お兄ちゃんの優しい顔を見ていると、なんでも話せるよ。ママに話したみたいに、なんでも話したくなる。  きっとこの先は、ママよりもいっぱい話したくなるよ。 「わぁ、すごいね。コツがあるのかな?」 「うん、カーブはね、がんばりすぎないほうがいいみたい」 「なるほど」  ボクは身ぶり手ぶり、お兄ちゃん教えてあげた。  カーブをスピードを出して曲がると、体が外に持っていかれてしまうから、力を入れすぎずないで走ったほうがうまく曲がれると……それで直線になったら、またスピードをあげるといいことも。 「芽生くん、すごいね。自分で気づけるなんて」 「えへへ」 「よし、お兄ちゃん、門が開く前に並ぶよ。それで頑張って席取りするよ」 「わぁ、うれしいよ。ぜったいに約束だよ」  お兄ちゃんは少し考えたあと、ボクを抱っこして…… 「うん、芽生くんとの約束、守るよ」  わぁい! 約束してくれた。  お兄ちゃんにほめてもらえて、ますますボクの走りを見て欲しくて、欲ばっちゃった。  だってこんな風にしっかりお願いしないと、お兄ちゃんってば……いつもえんりょして、うしろの方に行っちゃうんだもん! ……  どうしよう?   あんなお願いしなければよかった。    ボクのバカバカ!  お兄ちゃんに『ぜったいに約束だよ』なんて言っちゃった。 「芽生、どうした?」 「あ、ううん……」 「何かあったら話せよ」 「うん、だいじょうぶだよ」  その後、胸がずっとドキドキだったよ。  ワクワクのドキドキじゃなくて、ズキンズキン痛いの。  だから入場門に並んでも、まともに顔を上げられなかった。  パパにおこられちゃうかも。  なんでちゃんと話さなかったって……  お兄ちゃんは、泣いているかもしれない。  席を取れなかったの、お兄ちゃんはきっと自分をせめちゃうよ。  ボクはバカだ。  本当にごめんなさい。  泣きたいけど、がまんした。  泣きたいのは、お兄ちゃんのほうだ。 「生徒入場」  列が動き出したけど、こわくて顔をあげられない。だからずっと足下を見て、行進したよ。 「あ、芽生、うちのお母さん一番前の席にいるぞ」 「……よかったね」 「芽生のお家のひとは?」 「……」  もう1回まばたきしたら、きっと泣いちゃう。  そこに声が届いたよ。  お兄ちゃんの優しい声が……! 「芽生くんっ、顔をあげてごらん! 芽生くん、僕はここだ! ちゃんといるよ」 「えっ……」  慌てて顔をあげると、お兄ちゃんがお花のようにほほえんでいたよ。  隣にはパパがいて、ケンゴおじさんもいる。  観覧席の一番前に、ボクの大好きな人がならんでいるよ。 「芽生くん、がんばれ!」  お兄ちゃんからのエールに、ボクは真っ直ぐ顔をあげて、ニコッて笑えた。  ありがとう! ありがとう!  それから青空を見上げたよ。  いっくん、ボク、がんばるよ。  だから、いっくんもがんばろう!  笑顔をいっぱい届けよう! 
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