秋色日和 22 

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秋色日和 22 

「瑞樹、そろそろ入場行進だぞ」 「楽しみですね」 「あぁ、ワクワクするな」 「あ、そうだ!」  僕は斜めがけにしていた鞄の中から一眼レフを取り出して、さっと構えた。  今日は最前列なので被写体を捉えやすく、いい写真が撮れそうだ。 「おっ、今日も芽生を撮ってくれるのか、ありがとうな」 「はい! 任せて下さい」 「頼んだぞ」  任せて下さい……か。    僕はいつの間に、そんな自信に満ち溢れた言葉を口に出せるようになったのか。  宗吾さんと出会うまでの僕は、自分に自信を持てなかった。  だから人と深く関わることが怖かった。  根気よく僕に寄り添ってくれた一馬にさえ、一歩を踏み出せなかった。  でもね芽生くん、君がいてくれたお陰で、僕は宗吾さんに歩み寄れたんだよ。  宗吾さんを好きになるのと同じスピードで、芽生くんを好きになった。  君に『お兄ちゃん』と呼ばれるたびに、僕の心に幸せの鐘が鳴り響く。  この喜び、どう伝えたらいいのか。  宗吾さんと芽生くんの家族として、ずっと傍にいさせて欲しい。  君の成長をずっと見守りたい。  来年も再来年も高学年になって反抗期や思春期が訪れても、受け止めるよ。  成長していくって、そういうことだから。  全校生徒が順番に入場してくる。  1年生はとても小さかった。  まだあどけない子も多くて微笑ましいな。  3年前、芽生くんもまだこんなに小さかったんだね。  2年生は少しお兄さん、お姉さんの顔になっていた。  1年の成長が著しい時期なのか。  さぁ、いよいよ3年生、芽生くんの番だ。 「あれ? 芽生の奴、浮かない顔でどうしたんだ?」 「え?」 「随分、元気がないな」  みんな明るい笑顔で顔を上げて行進しているのに、芽生くんだけがしょんぼりと俯いていた。  まさか具合でも? 出掛ける時は元気いっぱいだったのに。 「どうしたのでしょう?」 「重い足取りだな」 「一体何が?」  僕は、芽生くんが意気消沈している理由を探した。  丁寧に追っていけば、きっと見つけられる。  僕は芽生くんをずっと見守ってきたから。  そこで、昨日二人で約束したことを思い出した。  最前列で見て欲しいだなんて、珍しい芽生くんからのお強請りだった。  もしかして――  僕たちが見落としてしまった開門時間に関係あるのかも。  芽生くんも門の時間が早まったのを知らなかったようだが、もしも知ってしまったら、僕たちに伝え忘れたことを責めてショックを受けてしまう。  僕も出遅れて約束を守れないと思った時、とても落ち込んだ。  芽生くんは聡い子だから、自分が伝え忘れて僕が凹んでいると心配になったのでは?    優しい子だからあり得るな。 「芽生、どうした? 顔をあげろよ」    宗吾さんも僕の隣でオロオロし、憲吾さんも難しい顔をしている。 「瑞樹、芽生、具合が悪いのかも。今のうちに引き取りにいった方がいいんじゃないか」 「ちょっと待って下さい」  一か八かやってみよう。  大音量の行進のBGMの中、僕の声がどこまで届くか分からない。それでも芽生くんに伝えたい言葉がある。 「芽生くんっ、顔をあげてごらん! 芽生くん、僕はここだ! ちゃんといるよ」  僕はここにいる。  ここで君を見ている。  僕は生きている。  今を謳歌している。  僕の心を伝えたくて叫んでいた。  自分でもびっくりする程の大きな通る声だった。  声は無事に届いたようで、芽生くんが僕の声を探して顔をあげてくれた。  だから僕は芽生くんに微笑みかけた。  お兄ちゃんはここだ。一番前に座って君を見ているよ。  想いは伝わり、笑顔は連鎖していく。  芽生くんスマイル炸裂だ。  元気がぐんぐんチャージされていくのが手に取るように分かった。  僕はカメラを構えて、その笑顔を掴まえた!  僕の天使――  今日もいい笑顔だね! ****  パパぁ、パパぁ、いっくんをみていてね。  いっぱいがんばるよぅ。  さいしょはかけっこでしゅよ。 「いっくんは、こっちよ」 「あい! せんせい」 …… プログラム1番、もも組さんによるかけっこです。 去年よりずいぶんお兄ちゃん、お姉ちゃんになったもも組さん、力いっぱい走ります。 しっかり応援してあげてくださいね! では、よーい、スタート。 ……  よーし、いっくんもはちるよ。  パパとはらっぱをかけっこいっぱいしたもん。  きょねんより、ずっとはやくはしれるよ。  みててね。  あれ? いっくん、とってもおそいよ?  いっくん、ちいさいから?  まって、まって、みんなまってよぅ!  あっ!  バタン――  いたい!    いっくん、ころんじゃった。  さいしょから、しっぱいしちゃったよぅ。  はずかしくておきあがれないよぅ。  どうちよ?  ぐすっ――  パパぁ、どうちよ?  パパぁ、どこぉ?  いっくんこわくてかおあげれない。 「いっくん、空を見ろ!」  パパのこえがきこえる。  おそら?  ごろんとして、おそらをみたよ。 「そうだ、空を見ろ! 芽生坊も頑張ってるよ。いっくんも頑張れ! 走ってパパのところにもどっておいで」  しょっか、おそらはめーくんとつながってるんだったね。  めーくんもがんばっているんだね。  いっくんね、ころんじゃったけど、なかなかったよ。  いっくんね、さいごまではしって、パパのとこにもどるよ。  ビューンってね。 「いっくん、そうだ、その調子だ。早いぞ。すごいぞ」  パパもむこうで、いっちょにはしってくれていたよ。  だからね、いっくんもはしったよ。  ゴールにはママがいてくれたよ。 「いっくん、がんばったね」 「ママぁ、パパぁ」  ママがりょうてをひろげて、いっくんだっこしてくれた。  ママぁ、ママぁ、うんどうかいってたのしいね。  しゅごくたのしいね。  ママがいてパパがいて、おじいちゃんとおばあちゃんがいてくれる。  もうそれだけで、いっくんうれちい。      
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