帰郷 34

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帰郷 34

 瑞樹がなかなか明かさなかった義理の弟の存在。  過去にこの二人の間に何かがあったが、今この瞬間、長年のわだかまりが解けお互いになりたかった兄弟に戻ったということは、俺にもよく分かった。  いずれにせよ……良かったな瑞樹。    自身が深手を負った直後なのに、瑞樹は弟の無事を喜び素直に涙を流す。そんな彼のことがいじらしくも心配でもあり愛おしいとも思う。  もう本当に好きだ。俺はそんな瑞樹のことが好きで溜まらない。  今回の惨い事件を通して、その想いがいよいよ強くなったことを確信した。君があれ以上惨い目に遭わなくて良かった。もちろん手放しでは喜べないが安堵した。  前の彼氏との想いを浄化し、俺とのことを前進させるために函館に帰る矢先だった。こちらに戻ったら俺と一緒に住むことも前向きに考えると言ってくれていたのに、まさかあんな事に巻き込まれてしまうとは。  彼の躰は前の彼氏との熱を浄化中だったのに、こんな横槍が入るなんて。人生はいつ何時どんなトラブルに巻き込まれるかも分からない。  やはり一瞬一瞬を大切に過ごして生きたい。  そして瑞樹を襲ったあの若社長も、その手筈に加担した潤も許せないと思った。若社長はやはり許せないが、潤のことは違った。  潔く頭を下げた姿に……殴る気が失せていた。瑞樹が守りたかった弟なんだな。君は…… そう思うと俺が出しゃばる場面ではなかった。 「瑞樹、そろそろ横になりなさい」 「お母さん、すみません。僕……その、彼……宗吾さんのことを説明しないと」  ベッドに横になりながら、瑞樹が俺のことを切なげに見つめてくる。  あぁそうか。ここに場違いで初対面の俺がいることを心配しているのだな。  だがそれは杞憂だ。この人たちは皆、俺と瑞樹の関係を知って受け留めてくれている。それを俺の口から発言していいのか戸惑っていると、母親の方が先に瑞樹に説明してくれた。 「あぁ……それなら、瑞樹は心配しなくていいのよ。滝沢さんのことは広樹から全部聞いたわ。今日だって瑞樹を助けるために奔走してくれて、あなたを全身全霊で守ってくれたのよ」 「じゃあ……お母さんは宗吾さんと僕のこと」 「いいのよ。あなたが幸せになれるのなら、天国のご両親もそれを喜んでいるはずよ。あなただけを残して逝くことがどんなに心残りだったか」 「うっ……すみません。お母さんにずっと言えなくて……だからなかなか帰省も出来なかった僕なのに」 「あぁもう泣かないの。それ以上泣いたら目が腫れちゃうでしょう。それでね、今先生からお話を聞いたけど、あなたの指先は殆どを縫合した状態なの。その……いろいろ精神的なケアもあるし抜糸までは入院だそうよ」 「え……そんな、僕には仕事が」 「馬鹿ね、そんな状態で仕事なんて出来ないでしょう。指先は本来、感覚がとても鋭敏な場所なので、しばらくは痛みが強いといっていたし、抜糸までは指を極力使わない方がいいのよ」 「……」  瑞樹の顔色がみるみる曇っていく。彼としてはこの時期にそんなに休んでいられない状況なのだろう。確かにこれから迎えるクリスマス・年末年始は大事な時期だからな。だが瑞樹の指先はこの先も花を生け続けるためにも、今は無理しない方がいい。きちんと病院で治療しないと後遺症が残ったら大変だ。 「瑞樹。お母さんの言う通りだぞ。俺もきちんと治療して欲しい」 「……宗吾さん」 「なっ!」  明るく強く促すと、瑞樹は観念したようにコクンと頷いた。 「……分かりました」 「よし、いい子だ」  瑞樹の頭を撫でてやると、くすぐったそうに甘い笑顔を浮かべた後、はっと恐縮したように縮こまっていった。 「ふふ、あなた達はとても仲良しね。珍しく瑞樹が甘えてるわ」 「あっすみません。俺、こういう性格なので、こそこそとが出来ないんですよ」 「そういう所は広樹に似てるわね。だから瑞樹はあなたを好きになったのね」 「それ分かる! 兄貴と宗吾さんってなんか似てる! 」  さっきまで泣いていた潤が笑う。 「そうかな」  瑞樹も自然と笑っていた。やっと見ることの出来る彼特有の可憐な笑顔に皆それぞれに、人知れず安堵のため息をそこにいた全員が漏らした。 「それでね、入院期間は私が付きそうわ。皆さんそれぞれお仕事があるでしょう。ね、瑞樹それでいいわね」 「……でも……それじゃ、お母さんの仕事は?」 「大丈夫よ。広樹に任せる」 「でも……」 「もう瑞樹は安心して……少しここでやることもあるから親がついていないと」  それは警察とのやりとりだろう。今回の事件は大きくニュースにはなっていないが、あの若社長にはどうやら前科もありそうで、彼はおそらく実刑を受けるだろう。いやしっかり受けて罪を償い、今後二度と瑞樹の前をうろつかないようにしないと。  今回はとことん罪を負うべきだ。  本当は俺が殴り倒してやりたい所だ。だが松本さんのお姉さんの言った通り、俺がすべきことはそうじゃない。瑞樹を傷ついた瑞樹の心のケアを躰のケアをすることが最優先だ。  俺も変わったな。以前とは全く違う感がを持てるようになった。愛する人、守りたい人がいるから。 「瑞樹、俺も通うよ。またここに来るから、今は治療に専念してくれ」 「宗吾さんにそんな負担を……あの、僕なんかより芽生くんのことを」 「芽生のこともちゃんとする。それに、今回は母も全面的に協力してくれている。だから瑞樹の元に通ってもいいか」 「宗吾さん……」  そこまで熱く語ると、瑞樹は納得したように頷いてくれた。 「お母さん、広樹兄さん、潤……宗吾さんに迷惑を掛けますが」 「瑞樹はちょっと甘えることを覚えなさい、ねっ」 「……お母さん」 「もう、ほら甘えて」  瑞樹の義母が瑞樹を抱きしめ、背中をあやすように撫でた。 「瑞樹はもう疲れたでしょう。私たちは今日は松本さんが用意してくれたホテルに広樹たちと泊まるから、後は宗吾さんと過ごしなさい。身内なら一人だけ病室内に付き添えるらしいの。ねっ」 「……お母さん」  瑞樹は頬をうっすらと染めていた。  さっきまで蒼白だった顔に色が戻ってきていることが、嬉しい。  だから……俺が瑞樹をもっともっと暖めてやりたいよ。    
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