帰郷 35

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帰郷 35

「瑞樹、ゆっくり休むのよ。明日また来るから」 「瑞樹、あまりあれこれ考えすぎるなよ。なるようになるさ」 「兄さん……本当にごめん。後はゆっくり宗吾さんと過ごせよ」  病室から出て行くにあたり、瑞樹の家族が優しく声をかけていく。  一言、一言に心が籠もっていて、俺の心にもぐっと響く。 「お母さん広樹兄さん、潤……ありがとう」  瑞樹、君はもっと甘えていいんだよ。こんなにも君は家族に愛されているのだから。瑞樹がどんなに大切にされているかが伝わって来て、俺も温かい気持ちになるよ。 「じゃあ滝沢さん、後はよろしくお願いします。私たちは明日入院に必要なものを買ってまた来ますね」 「はい。今晩の付き添いは俺に任せて下さい」  静かに扉が閉まり、入れ替わりに病院食が運ばれてきた。もう夕食の時間か。 「お、瑞樹、ちょうど夕食の時間だな」 「あ……まだ食欲が」 「少しでも食べないとダメだぞ。お粥だから食べやすそうだぞ」 「でも……」  瑞樹は包帯だらけの自分の両手を、哀しげにじっと見下ろしていた。 「手、痛いよな。大丈夫だ。俺が食べさせてやるから」 「そんな……悪いです」 「俺にも何かさせてくれよ」 「あ……」  君の手となり足となり動きたくて堪らない。  そっと口元にお粥をスプーンですくって運んでやると、瑞樹は幼子のように素直に口を開いた。その口元が可愛くて思わずキスしたくなったが我慢だ!我慢!  傷だらけの瑞樹に負担になることはしない。(絶対に我慢するんだぞ、宗吾!と戒める) 「どうだ? 熱くないか」 「はい、大丈夫です」 「よし、いい子だ。ほらもっと、アーン」  何口かは大人しく言うことを聞いたが、だんだん瑞樹の頬が赤く染まってきた。 「宗吾さん、僕……何だかもう恥ずかしいです」  瑞樹が照れくさそうに甘く微笑んでくれた。  あぁ良かった。やっと笑ってくれた。  助け出した時は茫然自失だった瑞樹だが、完全には打ちのめされてはいない。そのことが嬉しいよ。あんな目に遭ったのに瑞樹が自身を失っていないことが嬉しくて泣きそうになる。 「なんだか俺も腹減ってきたな」 「あっすみません。これ宗吾さんも一緒に食べてください。僕はまだそんなに食欲が……それにもう恥ずかしいし」 「じゃあ、もっと恥ずかしいことをしようか」 「え?」  そっと顔を近づけていくと、瑞樹もそっと瞼を閉じてくれた。  キスしていいよな?  チュッと優しいキスを落とすと、瑞樹はその反動で動揺したように震えた。 「やっぱりダメです。そんなことしたら……」 「なんで? こんなに美味しいのに」 「僕の躰……こんなに傷だらけなのに? 顔だって滅茶苦茶でしょう? 」  擦り傷。切り傷、打撲痕が痛々しい。確かに躰中傷だらけだが、そこまで抵抗した君のことが誇らしいし、不謹慎だが嬉しかった。 「馬鹿。その傷は、君の勲章だろう」 「……勲章って」  瑞樹が意外そうにまじまじと俺を見つめた。   「君は自分の力で自分自身を守った。それはすごい勇気だ。立派な男らしい勲章だ。だから気にするな」 「あ……そんな……そんな風に言ってくれるのですか。宗吾さんは……やっぱりすごい」  瑞樹の眼は、そのまま今日何度目かの涙をポタポタと零した。 「僕……どうしても……やられるわけにはいかなかったんです。宗吾さんの元に戻ろうと、そればかり思って、そうしたら信じられない程の力が湧いてきて……殴られても殴られても起き上がることが出来ました。もしかしたら以前の僕だったら諦めていたかもしれません。でも違った。僕は……宗吾さんがいたから頑張れました」 「瑞樹ありがとう。君が無事で良かった、本当に良かった」  どこに触れても瑞樹の全身打撲に響きそうなので、手の置き場に困ってしまう。本当は今すぐ抱きしめてやりたいのに、それが出来ないことのもどかしさ…… 「宗吾さん、宗吾さん……宗吾さん」  瑞樹が俺を呼んでくれる。無傷とはいえないが本当に最後までやられなくてよかった。あんな変態の餌食にならなくて良かった。 「もう心配するな。あとは全部警察に任せよう。君を脅かす者は、もういないから安心しろ」 「……怖かった」  瑞樹がぼそっと呟く。それが彼の本音。 「あぁ怖かったよな。よく頑張った。瑞樹は本当に頑張った」 「そう言ってもらえると、凄くほっとします」 「さぁあまり興奮するのはまずいから、もう寝ないとな」 「あ……顔を洗って歯を磨かないと」  こんな時でも、瑞樹らしい律儀さが微笑ましい。 「おお、じゃあ看護師さんを呼ぶか」 「すみません」  寝る支度を整えた瑞樹の肩まで布団をかけて電気を消してやる。 「おやすみ。すぐ傍にいるよ」 「……いてください」  ところが……さっきは麻酔でうつらうつらしていたので、すっと眠れたようだが、今度はなかなかそうもいかないようだ。布団の中でモゾモゾと躰を動かしているのが薄明りの中で分かる。 「瑞樹、眠れないのか」 「……いた……くて」  彼にしては珍しい弱音だ。本当に躰がキツイのだろう。灯りをつけて覗き込むと、かなり我慢したのか辛そうに歯を食いしばっていた。 「これはまずいな。ナースコールをしよう。痛み止め追加してもらおうな。あぁもうそんなに我慢しなくていい」 「……すみません」 「俺には甘えてくれよ」  額に汗を浮かべ蒼白な顔で痛みに耐える様子が痛々しくて、こんな目に遭わせた若社長への憤りをまた強く感じてしまう。 「宗吾さんと早く家族になりたかったのに……なんで……早く治したい……この傷」  悔しそうに呟く瑞樹の本音。  俺を勇気づけ、彼自身も勇気づける言葉だ。 「あぁ、しっかりきちんと治そうな。俺は一生瑞樹の傍にいるから、そんなに焦らなくていい」 「宗吾さん……こんな……僕でも?」 「あぁ、このままの瑞樹がいい」
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