帰郷 42

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帰郷 42

 軽井沢にはゴルフやスキーで何度も訪れたことがあるので土地勘がある。そこで心もとない様子の洋くんをタクシー乗り場まで案内した。  洋くんがまるで自分のことのように瑞樹のことを心配しているのが隣にいて、ひしひしと伝わってくる。  同時に自分の中にモヤモヤとした気持ちがあるのに気付いた。  おいっ宗吾、本当にこのまま帰っていいのか。  あの状態の瑞樹を置いていっていいのか。  今日という日はもう二度と来ない。  今日出来ることを本当に俺はし尽くせたのか。  何かが腑に落ちない、不安だ。  後になって悔むことになるかもしれない。  瑞樹の性格をよく知っているだろう。  彼のことだから表面上は元気そうにしていたが、取り繕っていないか。  本当の自分を隠していないか。 「宗吾さんも乗りますか」  洋くんには俺の心の葛藤が伝わったようだ。 「もう一度瑞樹くんに会いにいきますか」 「行く!」  ところが車中で洋くんから受けた提案は、先に二人きりで話させて欲しいということだった。俺にその会話を聞いて欲しいとも……  一体何を考えている?  強い覚悟を決めた彼の横顔は凛々しかった。  だから洋くんに任せてみよう。彼なら瑞樹の隠した苦しみを上手く導き出してくれるかもしれないと信じた。 「俺が呼ぶまで入って来ないでもらえますか。これからすることは荒治療かもしれませんが……過去の俺がして欲しかったこと、してもらったことをしてみます。宗吾さん……俺も同じなんです。瑞樹くんは……昔の俺だから」  意味深な言葉の後、洋くんと瑞樹の会話は壮絶だった。  カーテンの向こうで慟哭する瑞樹の元へ早く駆けつけて、震える躰を抱きしめて、流れる涙を堰き止めてあげたかった。  ようやくカーテンが開かれた時、瑞樹は俺に聞かれたことを恥じて逃げようとしたが、しっかりとこの腕に、この胸に掴まえた。  全部聞いてしまった。  それは経験、体験したものにしか分からないことでもあった。    俺が瑞樹になれないのなら、瑞樹を守る人になればいい。  病院のベッドに傷だらけの瑞樹を押し倒し、彼の胸に唇を押し付けた。 「あっ……」  こんな全身傷だらけの瑞樹を最後まで抱くことなんて出来ないが、あいつに触れられた部分には遠慮なく触れていくぞ!  彼の白い包帯だらけの手が俺を誘う。だから熱い熱いキスで埋め尽くす。切れた唇にも……消毒液の匂いのする素肌にもキスを落としていく。 「アイツに他はどこを触られた? 話してみろ」 「……言えない、そんなこと……」 「言わないと駄目だ」  瑞樹が素直に口を割るまで、執拗に唇を吸い甘噛みし、舌を挿入して根気よく解してやった。 「あ………うっ……ううっ……宗吾さんに触れて欲しかった所でした……全部……」 「ここか」  そっと瑞樹の胸の平らな胸の小さな突起に、手の平をあてる。 「うっ……」  瑞樹がぽろっと涙を零す。 「これは俺の手だ。大丈夫だ」 「……はい」  そのまま小さな突起を口に含んで優しく吸ってやる。 「瑞樹の胸は綺麗で……美味しいよ。とても甘く疼く感じだ」 「そんなことは……あぁ……恥ずかしい」  唇……首筋、胸と、あの男が触れただろう部分を、消毒するかのように丹念に上書きしていく。 「うっ……うう」  瑞樹は恥ずかしそうに白い手で顔をすっぽりと覆い隠している。 「僕……男のくせに、大切にしていたんです。一馬の熱が去った躰で宗吾さんの元に飛び込もうと。なのに……なんでこんなことになってしまったのか」 「瑞樹、瑞樹……そんな風に自分を責めるな。君に非はない。俺が全部もらう。君の悲しみも引き取るから。委ねろ」  そのまま瑞樹の病院着の腰紐を解き、下半身を露わにしていく。 「あっ……そんな所まで! 」  閉じようとした太腿に手を這わせて傷の具合を確かめると、太腿が黒くうっ血していた。これは力任せに掴まれた手のカタチなのか。  くそっアイツ……許せない!  だが怒りよりも今の俺にはすべきことがある。それを忘れてはならない。 「大丈夫だ……もっと力を抜いて」  瑞樹の小振りなものを口に含んでやると、腰がビクッと跳ねた。 「いやっ! 駄目です。そんなとこ……汚いのに」 「汚くなんてない。俺の瑞樹はいつだって煌めいている」 「宗吾さん……怖かった……僕は怖くて怖くて……怖くて」 「あぁ怖かったな。頑張ったな」  まるで小さな子供のように震え、俺に縋って来る瑞樹が愛おしくてたまらない。   「あっ……そんなにしたら……やだ……あっあっ……」  ジュッジュッと水音を立てながら吸い上げ優しく解してやると、瑞樹は震えるように精を放った。  俺はそれをそのまま嚥下した。  苦い苦渋の味がした。 「あぁ……」  同時に瑞樹は気を失ってしまっていた。  疲労困憊の躰にこんなこと……堪えたのだろう。だが苦悩の塊を外に放出したせいか、安らかな寝息に変わっていった。  そのまま俺は瑞樹の躰を丹念に濡れタオルで拭いてやり、着衣を整えすっぽりと布団を掛けてやった。  いつお母さんが戻って来るかわからないし看護師もやってくるだろう。だから君を抱きしめて眠れないのが残念だよ。  瑞樹の包帯だらけの手を見つめていると、いつの間にか俺の双眸からも涙が溢れていた。  今……愛しいものを守ることに、俺は本当に全身全霊を傾けた。  俺は今迄、こんなにも人生に向き合ったことはあるか。  自分だけでない、愛する人の人生について考えたことがあったか。    人生はいい事も悪いことも波のようにやってくる。  だからこそ今日のように懸命に、前へ前へと向かって歩む時も必要だ。  俺と瑞樹の未来のために。
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