特別番外編 瑞樹31歳の誕生日⑧

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特別番外編 瑞樹31歳の誕生日⑧

「芽生、眠そうだな」 「うん、お昼間いっぱい遊んだから、ねむい……」 「よし、じゃあ、もう寝ないとな」 「うん、パパ、お兄ちゃん、おやすみなさい」  パジャマの袖で目を擦る芽生くん。  まだあどけない可愛い仕草につい頬が緩む。  今日は沢山遊べたね。    僕も宗吾さんも仕事が多忙なので、春休みも夏休みも冬休みも、平日はいつも放課後スクールに預けているので、今日のように朝から晩まで一緒に遊べるのは貴重だ。 「あのね……」 「ん? どうしたのかな?」  芽生くんが僕のパジャマの裾をモジモジとした様子で引っ張る。  あ……これはあと少し甘えたいサインだね。 「もう、だめかなぁ……」 「大丈夫だよ。寝付くまで一緒にいてあげるよ」 「わぁい」 「宗吾さんいいですか」 「あぁ、俺は準備があるから頼む」 「準備?」  宗吾さんは何故か腕まくりしてウキウキとキッチンへ消えてしまったので、芽生くんと顔を見合わせて、くすっと笑ってしまった。 「見ちゃった! パパ、また悪いお顔になってた。これはおばあちゃんに報告しないと」 「くすっ、今日は大目にみてあげようか」 「そうだね、お兄ちゃんのおたんじょうびだもんね。特別すぺしゃるサービスだよ」 「ありがとう」  子供部屋に入ると、芽生くんが嬉しそうに本棚から本を持って来た。 「あのね、これ、読んでくれたらうれしいな」 「これって」  以前、僕が北鎌倉の美術館で芽生くんに買ってあげたものだ。 「これね、お話も絵もとっても好きなの。ボクのお気に入り」  北の大地を思わせる大草原に、オオカミと少年が手を繋いで立つ表紙絵の『トカプチ』という絵本。 「読んであげるよ。じゃあ、お布団に入ろうか」 「うん」  芽生くんのお布団は日溜まりの匂いがした。  初めて芽生くんのベッドにいれてもらった日を思い出す。  あの日の僕は疲労困憊だった。    精神的に追い詰められていて……  でも今日の疲れは違う。  心地よい疲労感だ。  芽生くんが僕に寄り添ってくれる。  あの時よりも一回りも二回りも大きくなって……でも芽生くんの優しく明るい所はそのままだ。 「むかしむかしある所に……」  何度も読んだのでストーリーは覚えている。  ある日、北の大地でオーロラ色に毛が輝くオオカミと可愛らしい少年が出会った。オオカミは全身が凍る恐ろしい病に冒されており、周囲から忌み嫌われるさみしい存在だった。だが少年は臆すことなく歩み寄ってくれ、二人はどんどん仲良くなり心を許しあえるようになった。  少年が優しくオオカミを抱きしめ身体を暖めると、オオカミの病と孤独は救われ、ふたりはいつまでも草原で仲良く暮らしたと言う内容の、幼い子供向けに書かれた友情物語だ。  とても読了感の良い絵本で、僕も気に入っている。 「お兄ちゃん、このオオカミさんってパパみたいだね」 「そうだね」 「優しい少年はお兄ちゃんみたいだよ」 「そうだといいな」  オオカミと人間という別の個性を持つ者同士が、尊重し合い、相手を思い遣る姿は何度読んでも心地良い。 「あのね、男の人同士でも大好きって気持ちは同じなんだね」 「あっ……」 「だからね、大丈夫だよ。お兄ちゃんとパパのことは、ボクがずっと応援するから」  ドキッとした。  芽生くんが同性愛について、こんなにはっきり自分の気持ちを言うのは初めてかもしれない。  僕と宗吾さんは同性同士で恋をしている。  愛し合っている。  そのことを、こんな小さいのに受け止めてくれるんだね。 「芽生くん、ありがとう。とても心強い言葉だよ」 「小さい時、いつもパパは忙しそうで、ボクのこと見えてなかったこともあったんだ。でもね、今は全然ちがうの。ボクだけでなく、周りのみんなをしっかり見ているの。パパがカッコいいのは、お兄ちゃんのおかげだよ」  芽生くんからもらう言葉は、愛に満ちている。  可愛らしく優しく明るくて清らかで……  もう間もなく10歳になる芽生くん。 「芽生くんのそばにいるよ。ずっと成長を見守るよ。芽生くんが大好きだから」 「お兄ちゃん大好き」  僕たちは手を繋いで眠った。  正確には僕は寝たふりを……  芽生くんの規則正しい呼吸が聞こえてくるまで、何度も囁いた。  芽生くんは僕の天使だよ。    大好きだと――      
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