母の日番外編🍓ストロベリーホイップ②

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母の日番外編🍓ストロベリーホイップ②

571aba04-fd0b-48ce-b59a-3a14a3e8b5b0 「もしもーし、それはもしや苺大福ですかぁ」  えっ?  この可愛らしい、とぼけた声の主は?    美しい花を和菓子にたとえる人といえば、彼しかいない。  ところがトレードマークである白い小坊主姿の人物が見当たらない。 「あれ?」  辺りをキョロキョロすると、カーネーションの花にかぶりつきそうになっている、小森くんを見つけた。  小豆色のスーツで、実に小森くんらしい色合いだ。 「小森くん!」 「こんにちはー! 瑞樹くん」 「どうして、ここへ?」 「良介くんから聞きました。あの、僕のお母さんも一緒なんです」 「あっ、初めまして」  小森くんの横に立っている女性にぺこりとお辞儀をすると、顔をまじまじと見つめられた。何だろう、どこかで会ったかな? 「あら……あなたは秋桜(コスモス)の……」 「え?」  いきなり秋桜と言われて首を傾げてしまった。 「やっぱりそうよ。今でもよく覚えているもの。以前、銀座で見かけたことがあって……あなたが秋桜の大きな花束を抱えて颯爽と歩く姿が印象的だったの。お花屋さんだったのね」  去年の秋のことだ。大きな秋桜を抱えて、銀座に生け込みにいったのは。 「そうでしたか。覚えていて下さって嬉しいです」 「迷いなく真っ直ぐ歩いて行く姿がかっこよく見えたのよ」  迷いなく真っ直ぐ歩いて。  その言葉に胸の奥がぽかぽかになった。  今の僕は迷いがない。  共に人生を歩みたいと思う愛おしい人が出来て、息子であり弟である可愛い子供もいる。  そういう気持ちが歩き方にも現れているのだろうか。  そうだったら、嬉しい。  胸を張って生きている、精一杯生きている証だ。 「今日はお母さんとデートなんです」 「まぁ風太ったら」  スーツ姿で決めている小森くんと、目を細めるお母さん。  幸せいっぱいだ。  そこに、他のお客様の対応をしていた菅野がやってきた。 「良介くん! お母さんにお花を買いにきましたよー」 「本当に来てくれたのか」 「はい、お母さんに見せたくて……僕の大好きな良介くんの働いている姿を」  菅野は照れまくっていた。 「風太、ありがとう!」 「菅野くん、僕、お母さんにカーネーションを買いたいんです。一緒に選んでください」 「おぉ! ちょうどこっちに風太好みのがあるぞ」 「どれですか」  菅野は最初からそのつもりだったのか『桜もなか』という品種のカーネーションの鉢を持ってきた。    小森くんの目が爛々と輝く! 「わぁ、お母さん、これ、本当に桜もなかみたいな色ですよー」 「ふふ、風太の好きな色ね」 「お母さんみたいな優しい色ですよ」 「まぁ、うれしいわ」 「これをお母さんに贈ってもいいですか」 「喜んで。お母さん、今日は風太とデート出来て、お買い物までして楽しいわ」  小森くんとお母さんは、カーネーションを通じて心温まる時間を過ごしている。  カーネーションを母の日に贈るという文化が根付いて良かった。  カーネーションは、十字架にかけられたキリストを見送った聖母マリアが落とした涙から生じた花といわれ、『母と子』や『母性愛』を象徴している。  悲しみから生まれた花が幸せを紡いでいくのか。  とてもいいね。  悲しみはけっして無駄じゃない。  長い夜も辛い夜にも必ず終わりが来る。  寂しに濡れた分だけ、美しい花を咲かせる。  今の僕はそう思っている。 「あぁぁ、でも、こっちも美味しそうですよねぇ」 「え?」  僕が手に持っていた『ストロベリーホイップ』を、小森くんがじっと見つめ、ペロリと舌なめずりをした。 「見れば見るほど苺大福のようですよねぇ、僕が好きな苺大福は福岡が本店の『鈴かけ』さんのもので、大きなあまおうに薄く柔らかな求肥で、さらりとした口当たりのこしあんと一緒に包んでいるんですよー」  福岡? すごい情報量に感心した。 「このお花はいちご大福そのものです! ですが、お母さんみたいな色の『さくら最中』に僕は決めました。もうすぐ、これが大好きな人がやって来ますよ。んーーー あ!『へ』という文字が見えました。南無~」 「へ?」  小森くんはやっぱり少し不思議な子だな。  予知能力があるのか、これからこれを求めに来る人が見えるなんて。  それにしても『へ』って、なんだろう?  小森くんがお母さんと仲良く帰って行くと、また一段と忙しくなった。  そこからは余計ない妄想をする暇も無いほどよく売れて、いよいよ残り1個になった。  なんと、最後の一つは『ストロベリーホイップ』だった。  一体誰がこれを持ち帰ってくれるのかな?  小森くんの予言だと『へ』がつく人……    珍しい苗字の人かな?  どの花も愛おしいから、花の行き先が楽しみだ。 **** 「パパ、早く早く!」 「おぅ! ごめんな。出掛けに仕事が入って遅れて」 「大丈夫だよ。でも早く行かないと売り切れちゃうよ」 「よーし、ダッシュだ」  瑞樹が日比谷公園のイベントでカーネーションを売ると聞いた夜、芽生がこそこそ話をしに来た。 …… 「パパ、これで足りるかなぁ」  手にはブタの貯金箱を抱えていた。 「何か欲しいものがあるのか」 「うん、あのね、ボク、お兄ちゃんの売ってるカーネーションを買いたいの」  一瞬固まってしまった。  もしかして玲子に贈るのか。  玲子は再婚し新しい家庭を築き、今は新しい相手との間に女の子も生まれて落ち着いている。この先は新しい家族を大事にしたいので、母の日のカーネーションはこれからは気持ちだけでいいと言われていた。  一方的な通告……  あいつらしいよな。  だが俺もそれでいいと思う。  俺も瑞樹との生活が何よりも大切だ。  ただ、その事を芽生にちゃんと伝えてなかったことを後悔した。 「えっと……ママにあげたいのか」 「あ……そうじゃなくて……えっとね、お兄ちゃんにプレゼントしたいの。お兄ちゃんはママじゃないけど、おうちの大事な存在でしょ? だからありがとうをつたえたいなって」  そうだ。  瑞樹は大切な存在だ。    幸せな存在だ。  ママでなくても、カーネーションを贈ってもいいんじゃないか!  ありがとうの気持ちを込めて、愛情の花を贈りたい。 「よし、内緒で行ってびっくりさせよう」 「わーい、サプライズだね」 ……  そんなわけで、日曜日、仕事を超特急で終わらせて家を出た。  日比谷公園はすごい人でごった返していた。  イベント会場も人混みだったが、すぐに加々美花壇のテントを見つけた。  まるで繋がった瞬間の、上気した瑞樹の頬のような淡いピンク色!    おっと、またヘンタイモードになってしまったな。いかんいかん。 「芽生、あそこだ!」 「まだあるかな?」 「急ごう」  瑞樹の元へ行こう!  会いたい人の元へ、駆けつけよう!  歩み寄って行こう!      大好きな人だから。        
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