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北の大地で 19-1
月日はあっという間に流れ、もう三月下旬になっていた。
三月になってすぐに、広樹兄さんと潤、そしてお母さんが一度様子を見に来てくれたので、ペンションで家族団らんの時を持てた。セイが腕を振るってご馳走を作ってくれ、皆で賑やかに食事をしたのもいい思い出だ。
その翌日に……まだ雪深い中、家族で僕の両親の墓参りをして、きちんと供養させてもらった。宗吾さんにその事を話すと、次はぜひ一緒にと言ってくれたので、また訪れようと思う。
あれからセイの赤ちゃんもスクスクと成長し生後三カ月を迎えた。最近首も据わり、ぐっと扱いやすくなった。僕もたまに抱っこさせてもらっている。日増しに成長する様子に、僕も前向きな気持ちをもらえた。セイの奥さんも少しずつ動けるようになり、最近、仕事にも復帰した。
少しづつ僕が大沼でやりたかった事が消化され、やることも減ってきた。
そんな生活の中……僕の中では宗吾さんに会いたい気持ちが高まるばかりだった。
セイの家庭を垣間見たり、幸せそうな宿泊客と接する度に、僕の心は少しだけチクリとしていた。
(僕も大切な人の傍に……宗吾さんが、恋しいよ)
二月の大沼ではワカサギ釣りやスノーモービルなど冬ならではの楽しみがあるので、宗吾さんと芽生くんに遊びに来てもらおうかと考えたが、こちらの寒さは都会育ちの宗吾さんたちには厳しいので断念した。二月の平均気温は氷点下2度、最高気温は1.5度と、都内とは比べものにならない程の極寒の地だ。
一度宗吾さんだけと来てくれる話もあったら、芽生くんがインフルエンザになって中止になってしまった。まだ咳が残っているそうだ。可哀想に……まだまだ小さな子供だ。こじらせたりしたら大変だ。それに病気の時はやっぱりお父さんが傍にいた方がいい。
無理して今でなくても、僕たちには未来があるのだから……今は我慢しよう。
来年、再来年と……長い時間をかけて、いろんな所に、三人で旅してみたいな。
「瑞樹、午後は嫁さんがフロントに入れるからフリータイムだ。ゆっくりしてくれ」
「ありがとう。じゃあちょっと散歩してくるよ」
「おっ、また撮影か」
「今日の景色を見せたい人がいるから」
「ふぅん……前に話した大事な人にか」
「うん、そうだよ」
セイには相手が同性だとは話せなかったが、東京で大切な人が待っているとは伝えていた。
「なんか、いいな。そうだ、最近指の調子はどうだ?」
「うん、かなりいいよ。でも、後一歩かな」
「きっともうすぐだよ。お前、ここに来た時より、ずっと顔色もいいし、健康そうになった」
「そう? 毎日散歩しているからかな」
「……幸せそうだ」
「ありがとう! 行ってくるよ」
セイが眩しそうに僕を見つめていた。
僕は水色のダウンを着込んで、白い帽子に白いマフラー、焦げ茶のブーツ姿。宗吾さんのお母さんが編んでくれた手袋をつけて、完全防備で雪を踏みしめた。首には母の遺品の一眼レフカメラをかけている。
「ふぅ……まだまだ寒いな、でもいつもよりマシかな」
吐く息はまだ白いが、大沼国定公園も少しずつ雪解けが進み、ようやく春の気配が感じられるようになっていた。
「あっ! あそこ……っ、氷が解け出している! いよいよだな」
この光景をずっと待っていた。
一緒に見たいと願った人は、今は傍にいないけれども。
大沼湖の湖に張っていた氷が一気に解け始める。最近は日差しがあたたかく感じられるようになっていたので、とうとう厚く張っていた小沼湖の氷が緩み、湧き水が噴出している様子が湖面に見え出していた。
ギシリ―― 氷の軋む音がした。
それを合図に冬の間羽を休めていた白鳥たちが、バサッと音を立ててシベリアへ旅立ち始めた。
大空を埋め尽くす、白鳥の群れ。
大地に鳥の影が映る。
この瞬間だ!
今を撮りたい!
白鳥は大空を飛翔する。
高く高く飛び立っていく。
そうだ! その調子だ! 天高く飛んで行け!
僕は右手の手袋を外し、夢中でシャッターを押していた。羽ばたく白鳥の躍動感を撮るためには、もっと、もっと早くシャッターを切らないと。
「あっ……え? うっ……動く! 指が……自由に!」
白鳥の飛翔と共に、僕の指が滑らかに動き出した。
自分の意志通りに動く指先……この感覚をずっと待っていた!
気がついた時には、棘を抜いたように……指先の麻痺がスッと消えていた。
治ったんだ……本当に。
それからは夢中でファインダーを覗き、シャッターを切った。
カシャカシャとリズミカルな音が耳に響き、心地良い。
夢中になって空を、大地を撮り続けていると、ファインダー越しの雪解けの世界に、突然……僕の大事な人の姿が現れた。
焦げ茶のロングコートにマフラーを巻いて、黒髪がさらさらと北国の風に揺れている。大人っぽく艶めいた笑顔で、僕の心を一気に鷲掴みする!
「えっ……」
思わずカメラを落としそうになってしまった。
それ程までに……驚いた。
「な……んで、そ……宗吾さんが……」
「瑞樹を迎えに来た」
「そんな……聞いていないです。今日だ……なんて」
「東京で、昨日桜が開花したんだ」
宗吾さんが、どんどん近づいてくる。
驚いて、呆然と立ち尽くす僕を、逞しい腕ですっぽりと抱きしめてくれた。
北の大地から、僕の足が浮くほど……強くしっかりと抱きしめてくれた。
「宗吾さん、会いたかったです!」
「瑞樹、会いたかった!」
(挿絵・おもち様)
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