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幸せを呼ぶ 11-1
函館から東京に戻った翌々日、久しぶりに会社に行った。
久しぶりのスーツ、首元のネクタイが苦しく感じてしまうな。こんなに窮屈なものを毎日していたのかと驚いてしまう。
僕はこの三カ月、本当にのんびりとおおらかに過ごせたんだな。
「リーダー、ご無沙汰してすみません。葉山です」
「おお! 葉山じゃないか。戻ったのか」
「はい!」
「よしっ、ちょっと会議室で話そう」
「……はい」
僕の会社は東京・有楽町にある『加々美花壇』という日本最大の花の商社だ。部署はブライダル担当だった。せっかくフラワーアーティストに選んでもらい、助手の立場から、自らが主体で生けられるようになったというのに……あの事件で全部振り出しに戻ってしまった。
12月の忙しい時期で担当の仕事も山ほど抱えていたのに、全部台無しにしてしまった。リーダーが軽井沢にお見舞いに来てくれた時に、助手に戻る可能性があると宣告されていたので何があっても驚かない。
「その節は、大変ご迷惑お掛けしました」
「いや、君の方こそ大変だったな。……あんな事件に巻き込まれるなんて。それでもう指は大丈夫なのか」
「はい。あの後、函館の実家と大沼で療養しまして、また滑らかに動くようになりました。この通りです」
リーダーの前で指を開いたり閉じたりして見せた。
「そうみたいだな。じゃあ早速だが、一つアレンジメントを作ってくれるか」
「え……あっはい」
「上と相談した結果、その出来で、君をどのポストに復帰させるか決めることになったよ」
「わかりました。でも僕はもう一度助手からやりなおしたいです。まだまだ下積みが必要です」
そう申し出ると、リーダーは困ったように笑った。
「君は相変わらず謙虚だな。まぁそれはおいおいな。さぁここにある花で今の君を表現してくれ」
「あっはい」
「ほら、花鋏だ。君の会社用のだよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ1時間後に持ってきてくれ」
「はい」
久しぶりに花鋏を握ると、手に馴染み吸い付くようだった。
あぁ……この感触、久しぶりだ。
会議室の壁際を見ると生花がバケツに無造作に突っ込まれていた。どうやら何かのイベントで使用した残りのようで、少し枯れたり、花びらの数が欠損していたり、葉がバラバラだったり……どれも完璧な状態ではないものばかりだ。
だけれども、それがむしろいい。
自然の花に近い状態だ。どの花も違う所がいい。
心の赴くままに……そこに、今の僕の心を込めよう。
昨日、宗吾さんとの電話で話して思ったことがある。
宗吾さんと僕は『以心伝心』つまりこころ(心)をもって(以)、こころ(心)につたう(伝)的な存在になっている。
花も同じだ。花は喋ることは出来ないが、メッセージを伝えることが出来るのだから。
「花は伝わる……花で伝える」
僕は花に向かって心の中で語り掛けた。花は心が通じる……だから語りかけると、ちゃんと思いを返してくれる。
イベントの装飾に選ばれなかった残された花を、僕が生かしてあげるよ。
そこからはグッと集中して、ひとつのアレンジメントを作り上げた。
「ふぅ……出来た。これが今の僕のベストだ」
花びらの数が足りない白いバラ。
枯れた葉っぱのアイビー
花が落ちてしまったカスミソウ。
どれもスタンダードな誰にでも愛される葉や花なのに、装飾に使うには規格外だ。
そんな花たちを寄せ集め、互いが互いを補うように生けていく。
花びらを葉が覆い、葉を花びらが覆う。
人が足りない部分を補って生きていくように、花たちも寄り添う。
僕はこんな花たちが好きだ。
「リーダー出来ました」
「おぉ……これは……タイトルは?」
「……『再生』です」
「なるほどな……よしっ合格だ! 葉山、4月1日から再びこの部署に戻ってきてくれ。元のポジションを空けておくからな」
「え……」
「やっぱり君らしさにますます磨きがかかったな。辛い経験も糧になるんだよ。君が必要なんだよ。君は、見てくれと見てくれとアピールする花とは違う魅力を知っている。『一歩引く美学』を知っている、我が社にとって貴重な人材だ! 」
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