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幸せを呼ぶ 21-1
結局、昨夜は遅くまで、宗吾さんの家で過ごさせてもらった。
泊まっていけばいいのにという甘い誘いを断り、家に戻って来たのは随分遅くなってからだった。
もうこの家で過ごす時間も限られている。だから平日はなるべくここで過ごそう。一馬との別れがあった寂しい部屋だけれども、初めて持った自分の城なので、長年過ごした愛着があるようだ。
心配性の宗吾さんに、お願いだからタクシーで帰って欲しいと言われたので素直に従った。
まだ彼にそんな心配をかけていると思うと、少し胸の奥がチクッと痛むな。僕は男なのに情けないな。彼にこれ以上の心配をかけたくない。一緒に住めば、彼の心配を減らせるのか。
名残惜しそうに見送る宗吾さんの様子に、僕の方だって後ろ髪を引かれる思いだった。
もういっそ……とっとと、ここを引き払って彼の元に飛び込んでしまえばいいのに。僕の一度こうだと決めたらやり通したくなる性格が、彼にも自分にもやせ我慢をさせているのかもしれない。
だからなのか別れ際に甘えたことを申し出てしまった。
『あの、週末は宗吾さんの家に泊まってもいいですか。その……僕が使わせていただく部屋の整理もしたいし……』
『もちろんだ! いいのか』
『えぇ、芽生くんとも、その方が長く過ごせますよね』
『やった!』
宗吾さんが、子供のように白い歯を見せて笑ってくれた。
****
バス停で昨日と同じように宗吾さんと朝の挨拶を交わした。
「おはようございます! 宗吾さん」
「おはよう、瑞樹」
「今日は本当にこの時間であっていますか」
「あぁ今日は嘘じゃない」
「クスっ、あんな嘘なら大歓迎ですよ。お陰で助かりましたし……あっそうだ」
「なんだ?」
部下が出来たことを、ややっこしくなる前に、ちゃんと話しておこう!
「実は僕の部署に新入社員がやってきて」
「へぇフレッシュな……女の子? うーん、それは妬けるな」
「いえ、男の子でした」
「むむ、それじゃもっと心配だ! 瑞樹の可愛さに参ってしまわないか」
「またそんなことを。でも宗吾さんがもう知っている人なので安心? してください」
「えっ何で俺が知っているんだ?」
「それが、その」
「まさかアイツかぁ!」
宗吾さんの大声で、通りすがりの人にチラチラ見られてしまった。
「宗吾さん、落ち着いて」
「あいつ、まさかまだ瑞樹のこと新入社員だと思ってないよな?」
「それはありませんよ。それに僕が直属の上司なんです」
「瑞樹が上司?」
「はい」
照れくさいが事実だ。それに昨日僕は彼にピシャリと忠告できた。以前の僕だったらきっと言えなかったことを……あの言葉に後悔はない。
昨日の彼とのやりとりを頭の中で反芻していると、宗吾さんにじっと覗き込まれた。
「瑞樹は何だか急に男らしくなっちまったな」
何で……そんなにしょんぼり?
「……嫌ですか」
「うーん。嫌じゃないが俺と二人きりのときは、もっと甘えて欲しい。昨日だってチョコクリームでもっと遊んで欲しかったのに」
「遊ぶって?」
「いや、それはこっちの話だ」
チョコクリームで遊ぶってなんだろう? よくわからないが、宗吾さんがしたいことなら僕もしたいし、してあげたいと思う。
「引っ越したら、また買ってきますので一緒に食べましょう。その遊びというのも、今度はちゃんと付き合いますよ」
ニコッと彼に微笑みかけると、宗吾さんは何故か赤面した。
「そうか、いいのか」
「えぇもちろんです。宗吾さんがしたいことは、きっと僕もしたいことですよ」
「流石、瑞樹だ! 太っ腹だ」
太っ腹?
また意味が分からないが、なんだか楽しそうだから、やっぱり微笑んでしまった。
「約束だぞ」
「はい!」
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