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幸せを呼ぶ 23-1
「危ないっ、瑞樹!」
新入社員が気持ち悪そうな赤い顔で、瑞樹の胸元に倒れ込んできた。
俺は瑞樹の元にとんでもない早業で駆けつけ、その場からスッと引き抜いた。背はそこそこあるが細身の瑞樹だから、瞬時に移動させることが出来たのだ。
「うっうぇ……ぇぇ……」
必然的に彼は、そのまま瑞樹の代わりに酒を飲んでいた同僚らしき男の胸元に倒れ込んで、抱きついたまま軽く嘔吐してしまった。
瑞樹の身代わりに悪いな。にしても、やっぱり間一髪だった。危なかったぜ!
「わー何すんだよ! 俺の一張羅にぃ!」
瑞樹は唖然として、その状況を見つめていた。
おいおい、そろそろ俺にも気づいて欲しいのだが。
そっと彼の耳元でささやいた。
宴会中で皆ほろ酔い気分だからいいだろう。昨今の若い奴は、男同士でもスキンシップが多いのだ。
「瑞樹。大丈夫か」
「え、えぇ! そっ……たっ滝沢さんっ何で!」
ようやく俺に気づいた瑞樹は、卒倒しそうな程驚いていた。
「もしかして、またですか」
「いや、急に飲みに行くことになったので、瑞樹の話していた店に行きたくなってな、偶然というか、必然というか」
「くすっ嬉しいです。ピンチから救ってくださってありがとうございます」
瑞樹は酒をほとんど飲んでいないようで、明瞭に受け答えしてくれた。
「おっお前たちー今すぐ洗面所に行け! まったく店に迷惑をかけて。調子に乗って飲み過ぎだ!」
「すっすみません」
「あっまずい。宗吾さんも一緒に!」
「うわっ!」
リーダーらしき人の激怒の後、何故か俺まで一緒に洗面所コース。
瑞樹に腕を掴まれて引っ張られる。なんだか俺まで会社の一員になったみたいで楽しい気分だ。
「管野、大丈夫か」
「うぇー汚いなぁ」
「金森は無事か」
瑞樹がテキパキと男らしく処理していく。
「あーほんと、すんません。目が覚めてきました。飲み過ぎたみたいで」
「ほら早く上着を脱いで。あっ滝沢さんも手伝ってもらえますか」
「あっあぁ」
応急処置をしたら『もう帰れ』と、そのまま店の外に放り出されてしまった。その時点で林さんはこれ以上の珍道中は勘弁と逃げて行ってしまったが……まぁしょうがないよな。
「うぇっ寒い」
まだ四月の初めだ。夜風は冷たく花冷えのような日だったので、確かに濡れたスーツでは気の毒だな。瑞樹も自分の代わりに犠牲になった同僚のことを心配そうに見ていた。そして同時に自分の部下である新人のことも心配そうに。
瑞樹が瑞樹の世界で生きている様子を目の当たりにして、瑞樹も男なんだよなと当たり前のことを思う。
「宗吾さん……なんだか気の毒ですね。あの……僕の家で休んでもらおうかと」
「なっなんだって?」
「ダメですか。濡れちゃってかわいそうです。菅野の家は、埼玉なんですよ。こんな状態で一時間も電車に乗るのは気の毒です。それで宗吾さん、今日は芽生くんおばあちゃんのお家ですよね」
瑞樹に縋るような眼で見つめられては、俺が一肌脱ぐしかない。
「わかった。俺も付き合う」
「本当ですか! あの……そうだ。でも何て説明しましょうか……ふたりに」
「仕事先の知り合いとか、友人でいい」
「それで……いいんですか」
「当たり前だ」
自ら瑞樹を窮地に立たすようなことは、絶対にしない。
俺は……『瑞樹の幸せ』を守ることが出来れば、それでいいのだ。
それが俺の幸せだから。
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