恋の行方 2-2

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恋の行方 2-2

 ピンポーン―― 「来た! おにいちゃんだ」 「いよいよか」  ところが玄関を開けると、引っ越し業者の制服を着た若い男が立っていた。 「えーっと、滝沢さんのお宅ですよね? 」 「えぇ」 「葉山さんの引っ越しの荷物を届けにきました。中に運び込んでも、よろしいでしょうか」 「どうぞお願いします。あの、依頼主の彼はどこに?」 「あぁ、お客様はトラックに同乗されますかとお誘いしたのですが、徒歩で向かうとのことでしたよ」 「なるほど! わかりました」  まったく瑞樹らしいなと思う。  きっとここまでの道すがら、一歩歩くたびに、一つ、想い出を置いてくるつもりだろう。  瑞樹はそうしたいのならそうするといい。思い出を抱えたままの瑞樹でも愛する覚悟はとうに出来ているが……  瑞樹が愛した前の彼との甘い想い出……置いてくるのなら、置いてこい。   「パパ。お兄ちゃんはまだ? 」 「もうすぐ来るよ」 「あー早くこないかなぁ」 「パパもだよ。『待ち遠しい』というんだよ。こういう気持ちを」  すぐに瑞樹のために用意した6畳の部屋に、次々と荷物が運ばれてきた。  この家はファミリータイプの3LDKの間取りなので、芽衣の子供部屋と向かいに空き部屋があった。そこが瑞樹の部屋だ。同居するにしても彼にもプライベートルームが必要だろう。  彼が使っていたベッドが、あっという間に組み立てられていく。  『新しいベッドを買います』と瑞樹は遠慮したが、俺が構わないと告げた。その代わり俺のベッドを買い変えてしまったことは、彼にはまだ内緒だ。  今度のベッドは、なんとキングサイズなんだよな(俺は張り切りすぎか、見え見え過ぎないか、瑞樹にドン引きされないか心配だ)  東向きの窓にかかるカーテンも、思い切って取り換えた。  瑞樹の色に、してやりたくて。  彼なりの勇気を持って、同居してくれる。  だから俺も、俺なりの配慮をしたかった。  元妻の選んだ無機質なブラウンのカーテンは申し訳ないが取り外した。そういえばあいつはいつもこういうシンプルなものを好んだな。俺にもモノトーンばかり着せたがって、だから世間からオジサン呼ばわりされたのでは? ただでさえ老け顔なのに!  カーテンの色はモーブ 色をチョイスした。薄く灰色がかった紫色だ。「薄い青」とされる野草の多くは、実際にはモーブ色といわれているので、自然界にも馴染む色合いで、きっと気に入ってくれるだろう。  インテリアショップで迷って、最初はグリーン系にしようかと思ったが、俺の心を表しているこのモーブ色に目が留まったのだ。  これは正確には『ラベンダーモーブ』という名称の色だそうだが、  俺にとっては……『瑞樹に恋する』色だ。  カーテンに合わせて……俺の今日のシャツはラベンダー色だ。  もう一度インターホンが鳴る。  今度こそ! ついに彼がやってきた。  玄関を開けると瑞樹が背筋を伸ばして立っていた。    紺色のパンツに……白いシャツの上に、明るい色でざっくりと編まれたコットンのベストを着ていた。クリームイエロー色で、ヒヨコみたいで似合っている。彼の明るい髪色が日を受けて艶やかに輝いていた。 「いらっしゃい、瑞樹」 「おにーちゃん、待っていたよ」  少し緊張した面持ちの瑞樹。  一呼吸置いてから、ぺこりと頭を下げた。 「宗吾さん、芽衣くん。今日から、よろしくお願いします!」
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