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恋心……溢れて 6-1
「今日も混んでいますね」
「でもこれは俺たちにとってはボーナスタイムだぞ」
「えっ?」
ホームに溢れる人混みに押されるように、一気に瑞樹と共に車内へ流れ込んだ。
有楽町へ向かう通勤電車は毎日満員電車だ。以前の俺だったら毎朝うんざりの所だが、瑞樹と出会ってからは違う。
以前何かの記事で読んだが、俺たちが乗り込む車両はこの時間平均で乗車率186%だそうだ。これは乗客の体が触れ合い相当圧迫感がある200%の目安に限りなく近い。ということで公衆の面前で瑞樹に堂々と触れても許される場所なのだ!
「瑞樹はこっちに潜れ」
「あっはい」
彼の腰にさりげなく手をまわして座席とドアの隙間のスポットに埋めてり、すぐにその前に俺が立つ。俺以外の奴が瑞樹に触れて欲しくない。会社が同じ駅にあって本当に良かった。
暫くはお互い無言だった。電車の揺れに合わせて彼の明るい栗毛色の髪がふわふわと俺の顎を掠めていくのを楽しんだ。
次々と移り行く灰色ベースの窓の景色も、ビルの隙間から時々顔を覗かせてくる四月の太陽も、何もかも輝いて新鮮に見える。
何度もこうやって一緒に通勤したのに、いつもより瑞樹を近く感じるのは、君をとうとう最後まで抱いたからなのか。俺の家のシャンプーの匂いがする髪も愛おしい。
「なぁ瑞樹の髪って、天パ?」
小声で聴くと、彼は恥ずかしそうに目を伏せた。
その、男にしては長い睫毛に、見惚れてしまうよ。
「……」
瑞樹からの返事はない。まぁ車内は満員の割に静かだし、イヤホンで音楽を聴いている人以外は、みんな耳がダンボだもんな。
それでも瑞樹とこんな風に外で堂々と触れ合えるのは満員電車のお陰だ。やっぱり嬉しくてニマニマしてしまう。さりげなく回した手で彼の腰のラインをなぞると、瑞樹の耳がみるみるうちに朱に染まった。そういう初心な反応がまたいいのだ。
改札を出ると、そこで右と左の分かれ道だ。
「宗吾さん、いってらっしゃい」
「あぁ瑞樹もな」
この後は、それぞれの仕事にベストを尽くそう。
それにしても、朝からこれはもう……新婚気分だな。別れ難いし、すぐに会いたくなる。うーん新婚気分以上か。
ずっとずっと、君のことを待っていた。
即物的に手に入れることをやめ、大切に育てた恋が実ったからなのか。大切にしたい君を見送るだけでなく、迎えることが出来ることに感謝した。
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