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恋心……溢れて 6-2
「そうだ。今日は早く帰るから夕食作るよ」
「ありがとうございます。あの……僕が芽生くんを幼稚園に迎えにいきましょうか」
「おっ助かるよ」
芽生くんの幼稚園は、年長さんに限って夜の7時まで延長保育をしてくれるらしい。今日がその初日だと聞いていた。
「なるべく早く迎えに行きますね。今日は内勤なので」
「じゃあ、これを持って」
「何ですか」
ネックストラップのついた名刺ホルダーのような物を手渡されたので、首を傾げてしまった。見ると『まつ4くみ たきざわ めい 』と書いてある。何に使うのかな。
「保護者のお迎えカードだ。ちゃんと瑞樹の名前でも登録してあるから安心してくれ」
「あっ、はい、わかりました」
宗吾さんと別れて、そのカードを大切に鞄にしまった。ふぅん……夏樹や潤の時代には、こんなのなかった。僕も今時の幼稚園事情を調べておこう! これからは僕も芽生くんの子育てを一緒にしたいから。
それにしても、こんな保護者カードまで預けてもらえて、なんだかもう宗吾さんの家族の一員の気分になるよ。
宗吾さんの性格はどこまでも明るい。良かれと思ったこと、決めたことはどんどん積極的に取り入れて進むパワーがある。ずっと同じところに立ち止まっていた僕にとっては、まだまだ刺激的だが心地良い。
負担なんかじゃない。頼りにしてもらえて、役に立つのが嬉しい。
「先輩、おはようございますー」
「あっおはよう」
突然現れたのは、金森鉄平くんだった。彼は僕の部署に配属された新人で直属の部下だ。
僕の隣に並ぶなり、後ろを振り返りキョロキョロし出した。
「あれぇ~今日はいないんですね」
「誰が? 」
「葉山先輩につきまとうストーカーみたいな男ですよ」
「えっ」
それってまさか、宗吾さんのこと?
「なんかこの前飲み会の後、葉山先輩の家に行く夢を見たんですよー」
「そっそう? 」
「んで、その時あのストーカーが葉山先輩の家に侵入している夢もついでに見ちゃって。先輩可愛いから心配です」
「……彼はストーカーなんかじゃないよ。僕の……大切な友人だ」
「またまたそんな。ほんと優しいですね! 庇うなんて」
「……ほら遅刻するぞ」
これ以上話しても無駄だろうと思った。それに彼には宗吾さんとの関係は話さないつもりだ。
それでいいと思う。万人に好かれるなんて無理だ。
宗吾さんと僕との関係を、世の中の全員に理解してもらわなくてもいいと思っている。
特に面白半分に知りたがる人には知られたくない。すっと気弱で八方美人だった僕にしては、はっきりした考えを持てたことに驚いてしまった。
****
会社の休み時間に菅野に話しかけられた。
「葉山、おめでとう! 」
「え、何が」
「これ引っ越し祝いだぜ」
あっそうか。この前泊まって行った時に段ボールを見たのか。でもどうして引っ越したって分かったのか。
「あっ、ありがとう。でも何で分かった? 」
「ふふん。目の下のクマが幸せそうだな」
「へっ? 」
菅野は悪びれずに笑っていた。
「冗談冗談。お前ひっかかりやすいから気をつけろよ。それ開けてみて」
「何だろう? 」
黒い目隠し? あっこれってアイマスクか。
「ホットアイマスクだよ。目の下の隈に効くらしい」
「またっ! 」
その後、トイレの鏡を見つめると、確かに寝不足からくるクマがうっすら出来ていた。思いっきり……思い当たることがあるので、照れ臭かった。
僕……とうとう宗吾さんに抱かれた。
あの夜は、「もう一度だけ」と言いつつ、何度も何度も絶頂を迎えさせられた。もう出ないと音を上げるほど、深く強く長く求められた。
すごく相性がよかった。
わっ、これは仕事中に思いだすことじゃないだろう。
慌てて顔を水で洗った。
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