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さくら色の故郷 32-1
「おにいちゃん、おにいちゃんってば、もう起きて」
「ん、芽生くん?」
「うん! おはよう!」
ゆさゆさと揺さぶられ、可愛い重みを布団の上から感じる。芽生くんは、まだまだ軽いな。
「わ! もう起きたの? 早起きだね」
「うん、だってワクワクしちゃって」
「何に?」
「さっきから牛さんのなき声がするんだよ」
「そうかな? 」
僕の方は宗吾さんと星を見に行ったのですっかり遅くなってしまい、まだ眠くて目を擦ってしまった。
それにしても星空の下での口づけ……素敵だったな。
思わずもう乾いてしまった唇を、そっと指先で押さえた。
宗吾さんはすごく格好いい時と……変な時と可愛い時と拗ねた時と、色んな面がある。最近はそれを隠さずに見せてくれるようになった。
五歳も年上なのに、どんどん差が縮まっているような気がする。
それにしても牛の鳴き声なんて聴こえたかな。このペンションは大沼湖畔にある。近くに馬やヤギ、ウサギなど動物が暮らす体験牧場が出来たからかな。
「外を見てみようか」
緑色のカーテンをパッと開けると連休らし五月晴れで、駒ヶ岳をくっきり一望できた。この旅行中ずっといい天気で嬉しくなる。
晴れの日って気分爽快だ!
外の空気が吸いたくて窓も開けると、大草原を渡る新鮮な空気が沢山入って来た。
「気持ちいいね。芽生くんも深呼吸しよう」
「スースーハーハー、うわぁ~おいしいね」
「これが大自然の味だよ」
昨日は部屋を確認しなかったが改めて見渡すと、まだ何も変わっていなかった。ここはいずれセイの赤ちゃんが成長したら使ってもらいたいので、もう少し荷物を整理しないとな。
「あれ? ねぇねぇ、おにいちゃん見て見て! こんな所に何か描いてあるよ」
着替え中の芽生くんが床に敷かれたラグをずらし、指さしている。
何だろうと覗き込むと、そこにはマジックの落書きがあった。どうやら油性ペンで描いたようで、まだしっかり残っていた。
こんな落書きしたのは誰かと記憶を辿ると、それは僕だった。
「おにいちゃん、これは何かな。誰かのあしあとみたい」
「これは……手形と足型だよ」
ちゃんと覚えているよ。僕が夏樹の手と足をマジックで縁取ったのだ。だから小さな手形と足形が並んでいる。
秘密基地の目印をつけようと夏樹が張り切って……お母さんに見つからない場所を探して、ここに描いた。でも夏樹がじっとしていないので手にマジックが沢山ついたので、バレてしまったけど。
「これってもしかして、おにいちゃんとおとうとの?」
「そうだね。ラグに隠れていたので、すっかり忘れていたよ」
そっと手を合わせてみると、当たり前だが僕の手ですっぽり隠れてしまった。
こんなに小さなままで夏樹は逝ってしまった。そう思うと……やはりしんみりとしてしまう。
「おにいちゃん見て。ボクの手とは、ちょうど同じくらいだよ」
「本当だ」
「おにいちゃん……もしかしてさみしくなった?」
「うん、少しね」
小さな芽生くんにも、今は……こんなに素直になれる。
「大丈夫だよ。おにいちゃんのおとうとのぶんも、ボクがげんきに大きくなるよ」
芽生くんが小さな手で励ますように肩を抱いてくれたので、泣けてくる。なんだか君は宗吾さんのミニチュアみたいだ。
「もう……これじゃ、どっちがお兄さんか分からないね」
「おにーちゃんはいつもがんばりやさんだから、いいんだよぉ」
夏樹と過ごした寂しい思い出の残る子供部屋は、芽生くんのお陰で優しい空間になっていく。
「芽生くんって、カッコいいね……君がいてくれて嬉しい」
「おにいちゃん、ボクもおにいちゃんがいてくれて、うれしい」
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