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さくら色の故郷 32-2
「あーコホンコホンっ」
「わっ宗吾さん! いつからそこに?」
宗吾さんは目を細めて、僕たちを見つめていた。
「パパ~おはよう!」
「あぁ、おはよう。あれ? こっちにはどうやら瑞樹の手形があるみたいだぞ」
「えっどこですか」
「ほら」
宗吾さんが指さす床には、確かにさっきよりも大きな子供の手形があった。
これは僕のだ。夏樹にせがまれて、僕も自分で縁取った。
宗吾さんが、ぴたりとそこに手を合わす。
「ここに過去の瑞樹を感じる。何だか嬉しいな」
「え? どういう意味ですか」
「どんなに願っても過去には戻れないが、こうやって感じられるってことさ。瑞樹、大丈夫だ。これからは俺たちが一緒だ」
「うんうん、おにいちゃん~パパのいうとおりだよ」
親子が良く似た笑顔を浮かべているのが眩しくて、今度は僕が目を細めてしまった。そのまま荷物整理をしていると廊下から声がした。
「おーい瑞樹、悪いが食材運ぶの手伝ってもらえるか。ちょっとうちの奥さん手が離せなくてさ~」
突然廊下からセイの声がしたので、あたふたしてしまった。
「あっわかった! 着替たら、すぐに行くよ」
僕はまだパジャマ姿だったので、慌てて顔を洗い着替えて、廊下を走り出した。
「宗吾さんと芽生くんは、ゆっくりしてから来てくださいね」
****
「お兄ちゃん……すばしっこかったね」
「あぁ、実にいい眺めだったな」
「え?」
「あっいや景色がな」
俺の前でパジャマを勢いよく脱ぎ、惜しみなく上半身裸を曝け出して着替えていく様子が眩しかったとは、息子にはとても言えないよな。
「パパーおにいちゃんのおうちって、いい所だねぇ」
「あぁそうだな。この家で瑞樹は産まれ愛されて育ったんだ」
「そうだ! さっきボクのことカッコいいって」
「まぁ俺の息子だから当たり前だ。なぁ芽生……この景色が瑞樹の原点だ。覚えておけよ」
「ゲンテンって?」
「はじまりってことさ」
まだ小さい芽生も、どんどん成長する。
今は良くても思春期を迎える頃には、俺と瑞樹の関係に疑問を抱く事があるかもしれない。
だから今のうちに色々見せておきたい。
瑞樹の生き様……瑞樹の生家……
俺がどんなに瑞樹を愛しているか、瑞樹に愛されているか。
芽生、お前とこうやって旅をして思い出を作りながら生きて行こう。
素直な心、澄んだ目で、俺達のことを見つめて欲しいから。
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