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さくら色の故郷 36-1
「瑞樹、元気でな」
「キノシタ! 今日はありがとう。とても貴重な体験をさせてもらったよ」
「それにても、宗吾さんの乳搾り上手かったな……ご馳走さん!」
「なんで……ご馳走さん?」
「いやいやこっちの話。あっそうだ! 宗吾さん~♡ いつでもまたいらして下さい!」
キノシタがガバっと両手を開いて、宗吾さんに抱きつこうとした。
「うわぁ! もうそれ以上近づくな! 」
慣れないスキンシップにドン引きな宗吾さんと、今にも襲いかかりそうなキノシタの様子にウケるが、お前……そんなキャラだった?
でも宗吾さんは僕のものだ。お前には渡さないよ。(っていうかキノシタは妻子持ちだった)
心の中でそんなことを考えている自分が、なんだかバカバカしくも微笑ましくなった。
僕は大切なものを作るのがずっと怖かった。
また失ってしまうのが怖くてモノや人に固執するのをずっと避けていた。
でも今なら分かる。
僕は幸せになりたいくせに、幸せになるのが怖かった。
今の僕は……もう怖くない。
何故なら僕自身が心から幸せになりたいと強く願っているから。
「ねぇねぇおにいちゃん」
「芽生くん、どうした?」
「さっきはおにいちゃんがおとこの人にモテると思ったけど、うちのパパもなのかな?」
「くすっ今日が特別なだけだよ」
「本当に? よかったー ボクはおいにちゃんだからいいんだよ~ おにいちゃんはキレイでかわいくって一番だもん!」
「くすっありがとう!」
芽生くんは、やっぱり宗吾さんのミニチュアだ。なんだか将来が本気で心配になってきたよ。
「芽生くんはきっと将来パパみたいになるだろうね」
「えっ」
「嫌?」
「うーボク……パパみたいにヘンじゃないもん!」
「くすっ」
****
「今日は、とっておきのランチを予約しています。」
「楽しみだよ」
瑞樹が用意してくれた昼食は、なんと大沼湖をクルージングしながらのものだった。
「ここは常に予約で一杯なのに急に4名キャンセルが出たので」
「へぇ俺達ついているな」
まるでウッドデッキのテラスのような長方形のボード型の船は、10名数人客を乗せると、ゆったりと大沼湖にすべりだした。
雄大な駒ヶ岳を望みながら静かに景色が流れていく。新緑と湖上を吹き抜ける涼しい風を感じながらの食事は最高だった。
大テーブルに女同士の旅行客や、老夫婦、男女のカップルの相席だが、皆それぞれに旅を楽しんでいるようで、俺も開放的な気分になってくる。
「瑞樹、ありがとう。こういうスタイルは初めての体験だ」
「嬉しいです。実は僕も初めてなんです。以前からずっと乗ってみたいなと」
「お互いに初めてか。それもいいな」
「えぇ憧れでした」
テーブルにはあらかじめスープカレーとサラダのワンプレートが置かれており、味も抜群だった。
「芽生くん、辛くない?」
「うん。パパのカレーは、いつももっと辛いから大丈夫だよ」
「偉いね。もう大人用カレー食べられるなんて」
「あのね、ママは僕だけに甘いカレーを作ってくれたけど……パパは大変みたいで。でもボクは皆とおなじのが食べられてうれしいよ」
「……なるほど」
瑞樹と芽生のこの手の会話に、俺は口を挟まない。玲子との思い出話を瑞樹の前でしたくなかった。(だいたい俺がダメ夫だった話なのだが)
だが芽生が口に出すのは優しいママとしての思い出だ……そう思うと申し訳ない気持ちになってしまうな。
ひとり無言で食べることに集中していると、風に乗って女の子のひそひそ話が聴こえてきた。
『ねぇねぇ前のご家族……どういう関係かな。彼、すごくカッコいいね』
『やっぱり? 実は私もさっきから気になっていたの! 』
カッコいい?
俺のことかとパッと顔をあげると、女の子たちの視線は、俺は素通りして瑞樹に向いていた。
恋する熱い視線だ。
なぬ? 俺じゃないのか。あぁ……勝手に自惚れた自分が恥ずかしい。
俺もかつては噂話や告白をよくされたなと懐かしむが、いやいや待て……今はそれどころじゃないぞ!
うーむ『瑞樹は俺のもんですよ。お嬢さん方』などと豪語できるはずもなく、こういう場合は、ただ見守るしかないのか。
俺が大人しくしているのを良いことに、女の子が大胆にも瑞樹に直接話しかけて来た。今時の女子は押しが強いとうっかり感心してしまった。
「あのぉ~すみません」
「え?」
「きゃ♡」
女3人で肘を突っつきあって、(やっぱりカッコいいー)と瑞樹と目があったことに照れまくっている。おいおい、瑞樹は可憐で可愛い男なのは認めるが……俺のモノだぞ!
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